玩具の銃声が鳴り響く晴れわたる青い空、ひこうき雲がゆったりと移動する。

走者が変わる度至る所で黄色い声を上げる女子達を横目で見ながら私は溜息をついた




_今日は、皆が待ちに待った夢ノ咲学院体育祭。


あ、皆って言うより…特に普通科の女子達かな?
その盛り上がり様は尋常ではなく、終始悲鳴が止まない。

男子は若干引き気味。先生達は苦笑い。冷めた目をしている女子は片手で数えるくらいしか居ないか、私くらいだろうね…きっと。



「にしても、ねぇ」


流石にうるさ過ぎて近所から絶対に苦情が来るレベル。

でも、そうなるのも無理はないかもね…

あのアイドル科の男子達と合同なんて、嫌でも期待しちゃう気持ちは分からなくはない。
体育祭はこれで3度目だけど、毎年毎年女子がトラブルを起こして生徒会は猫の手も足りない程大変らしいね、私には関係ないけど!



「……」

ふと無駄に大きいグラウンドの方を見ると、スタートラインに立つ泉と目が合った。
いやほんとに気のせいとかじゃなくめっちゃガン見された。口パクでバーカって言われたし言い返すと睨まれた。

…うん、こいつは通常運転だ。うざい。



「よーい…ドン!!」

いつの間にか競技は借り物競走へと変わり、髪を靡かせ駆け出すアイドル科の生徒達。

学院内に留まらず、メディアへの露出も多く世間でも有名な彼らは正に夢ノ咲の希望だと誰か偉い人が言ってたな…確かにそう思うけど。


その内の一人、一番と言っても過言ではない人気ぶりのユニット、Knightsの仮リーダー(正規のリーダーは不登校だとか)でモデルも兼業、ツンデレキャラとして人気を博す瀬名泉。と、どこにでもいそうな普通科女子の私では傍から見ると接点なんて全く無いと思うだろうね。


…しかし、なんの因果か、私と泉は所謂幼馴染みというもので家も隣同士で家族ぐるみの付き合いだ。
今でもお互いの部屋をベランダから行き来したりするし、ファンにバレたら本当に殺されそうなポジション。
学院内にも勿論彼のファンは沢山居るので、評判にも関わるし外では他人のフリをする約束までしているのが現状…



キャーーキャーー!

一際高い黄色い声の先、紙をもって走り回る泉を見ていると本当に違う世界の人なんだなぁ、と実感する。

私なんか大して可愛くもないし、不釣り合いってことは昔から痛いほど分かってますよ!

泉も私なんて眼中にないと思うけど、それでも好きだからその姿を目で追ってしまうのは仕方ないよなぁ、なんて柄でも無いことを考えながら深い深いく溜息をついた。



…考えていても悲しくなるだけだしやめよう。沈んだ心にいい加減太陽の光が鬱陶しいから、言い訳し椅子に座って目を閉じてみる。周りは相変わらずうるさいけど視覚を塞ぐだけで幾分か和らいだ






キャァァァァァァァァァァ!!



「うっさい!!」

眠くなってきた頃合に、近くでまるで殺人事件でも目撃したかのような劈く悲鳴が上がる。

夢の世界から一気に引き戻された事により私のテンションはさらに下降していくが悲鳴は更にグレードアップ。


…何があったの?

流石に気になったので目を開けてみると、ぼやけた視界の中ふわふわの灰色が目の前にあった



「ちょっと来て」
「わっ」

突然その灰色に強引に手を掴まれて立たせられ、状況が理解できないまま引っ張られて走る



「え?」

女子達の悲鳴や怒声が入り交じった声が鼓膜を震わせ、一気に目が覚めた。
思考を始めた脳に、繋いだ手から伝わる体温、大好きな香りが伝わってくる。その瞬間、私を引っ張るその人が彼だと嫌でも分かった



「い、ずみ…」

悲鳴の元凶は私だったんだね、あははー
にしても視線が痛い。痛すぎて穴が開きそう。


…でも、何で泉がここにいるんだろうか。外では関わらない約束だったのに。


ペラッ

突如振り返り、私の考えている事などお見通し、と言うかのような綺麗な笑顔でくしゃっとなった1枚の紙を見せられる。
そこには『女の子』と書いていて、それが泉の借り物競走のお題だと気付くのに時間はかからなかった



「…女子なんて、そこら辺にいっぱい居たじゃん」

近くに普通科の子も、プロデューサーのあの子も、観客にも沢山居たはずなのにどうして私なんか。
わざわざ時間食ってまで来てくれる必要なんて無かったのに…

大多数の中から選んでくれて嬉しい反面、口から出たのはそんな全く可愛げの無い言葉でつくづく自分が嫌になる

そんな私に泉は不機嫌さ全開で言う



「アンタが真っ先に思い浮かんだから」

「でも、外では他人の「ああもうそのネガティブ思考やめてくれない!?俺がアンタと少しでも一緒に居たかったの!?なんか文句ある!?」




「…ない、です」

そんな期待させるようなこと言わないでよ…勢いよく背中を向け走るスピードを上げる泉は、私の目にはまるで照れ隠しの様に見えた。


…自惚れてもいいのかな。顔に熱が集まるのを感じながら手をぎゅっと握り返すとより強い力で握られた。
緩みきった表情を見られたくなくて咄嗟に下を向くと直ぐ様上から降ってくる声



「瑠奈、前見てないと転ける」
「泉が居るなら大丈夫だよ」


不細工なりの満面の笑みを見せると、泉はまたそっぽを向いてしまったけど…いちいち振り返って言ってくれたらしい。さりげない優しさが心の奥底まで染み渡った


「…バーカ」


ちらりと見えたアイドルの瀬名泉じゃなくいつもの、本来の彼の笑顔。

ずっと傍らで見ていたいなぁ、って忙しなく動く心臓の音と共に私は思った。

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