どうしてこうなった。

狭いロッカーの中、至近距離で律くんの息遣いを感じながら私はひたすらそう考えていた







…事の発端は30分前に遡る。


終礼後、本日の掃除当番に任命されていた私はごく普通に仕事を片付けていた。

箒で掃いたり、黒板消したり、ごみ捨て行ったり…と小学生の頃からやり慣れている作業をクラスメートと上手く分担し尚更早めに終わったのは良かったんだよ。


でも、先生が突然

「姫宮は生徒会役員だし、もう少しやってくれるよな!」


とかほざきながらバケツ二つをしれっと手渡し、普段はやらない雑巾掛けを強制してきた訳ですよ。

ほんと有り得ない死ね


…ゴホン。

結局の所行ったんだけど、3年の階の水道はバケツに水を入れられる大きさの蛇口が無くてわざわざ校庭の近くの水場まで来てね?注いだんだよバケツ一杯に。

たぷたぷって音鳴ってた。


いざとなれば超能力で運べばいいや、とかどこか楽観してた当時の私を殴りたい。

_学校の生徒が見てる前で使えるわけ無いじゃん!!馬鹿か私は!!



と、まあ最終的には両手に水が一杯入ったバケツを持ちながら独り言を呟き不貞腐れた顔で歩く生徒会役員、という物凄くシュールな絵面の出来上がり。


そこそこ目立っていたと思うよ、うん。

結構な視線感じたもん。



その状態をキープしつつ、2階から3階に上がる階段の踊り場にて事件は起こった。


つるっ、と息をつく間もなく足を踏み外し、重力に従って背後に落ちる。

咄嗟に落下速度を緩めたから怪我は無かったけど一緒に落ちてきたバケツから水がばしゃあっと頭に零れてきた。


そこまで気が回らなかった私は超能力者としてまだまだだな…とか言ってる場合じゃなくて、もう本当にずぶ濡れ。


幸い人通りが少ない階段を通って来たから目撃者が居らず恥はかかずに済んだけどこのまま教室に帰ったら絶対に注目を浴びる。
それはそれで嫌だし、なるべく人目につきたくない…



結論は何事も無かった様に振る舞うで決定。

取り敢えずスカートを絞り上はバタバタと仰いで自然乾燥を促す。

夏の中でも比較的気温が高い日だしきっと大丈夫だろう、と一心不乱にその行動を繰り返していた最中、



「え…姫宮先輩?何してるんですか?」


2階からよく聞き慣れた声が聞こえた。反射的に振り返ってみるとそこには生徒会の後輩、影山律くんが立っていた



「あっ…ちょっとね」

笑顔で誤魔化すも返ってきたのは冷ややかな目つき。何それお姉さん傷付く…


更に呆れを隠すことなく階段を登り近付いてくる律くん。
刹那、彼の背後から複数の喋り声が耳に入ってくる



「…!」

如何にもキャピキャピした女子グループ、という声に加え3階からも割と有名な不良の声が。

今の姿を誰にも見られたくない私からしたら絶体絶命。どうしようかとパニックになりかけたその時だった




「先輩、こっちです」

下の方から手を引かれ再び転びそうになるが何とか耐え、ぼーっとしているとギリギリ廊下からは見えない位置のロッカーに詰め込まれた


良い隠れ場所を見つけ喜んでいたのも束の間、何故か律くんまでも入ってきて扉は閉まり冒頭に続く。


自然と密着する体に律くんも男の子なんだと思い知らされ柄でもなくドキドキする


髪や服に水が染み込んで気持ち悪いやら、呼吸が圧迫されて苦しいやらも混ざってとにかく私の頭は混乱していたが何とか平静を装う



「少しだけ我慢して下さい」


隙間から外の様子を伺う律くんは何かから逃げている様子で、それなら一緒に入ってきた理由も納得…って出来るわけないじゃん!


「律くん律くん、流石にこれは近過ぎると思うのですが」


思っていたより中は薄暗く、はっきりとは見えないけど私より少し高い位置にある律くんの顔に向かって問いかける
一時停止した直後外を覗くのを止めこちらを振り向く律くん。



「最初からそれが狙いだった、って言ったらどうしますか?」


明らかに年下とは思えない微笑みで質問を返される。正に昔少女漫画で見たシチュエーション通りだけど、いざ自分が体験してみるとまた違う胸の高鳴りを感じるのはきっと気のせい。


首元にかかる律くんの息がくすぐったくて思わず声に出すともっとやられた。理不尽だ…


ああそうだ、質問に答えないと!
えっと、こういう時は…


「悪い気はしない、かな…?」


とか答えておけば良かった気がする。うん。
自信満々にドヤ顔で回答すると何故か律くんの顔が赤くなった


「先輩…それ、誘ってるんですか」
「え!?そんな馬鹿な」


首を必死に振ると律くんは呆れたような顔をして


「もういいです。先輩が悪いんですからね」


息をつく間もなく、自然に顔を近付けてきた。

縮まる距離に比例して上がる心拍数には気づかない振りをするが。


…どうやら私は、知らぬ間に彼の何かのスイッチを入れてしまったらしい。

でも、かと言って逃げ場も無いし…仕方ない
ええい女は度胸だ!覚悟を決めて目を瞑った。




ばちん!

「痛ぁ!?」


音と共に額に衝撃が走る。


「今何されるって思ったんですか?」

余りの痛さに涙目で上を向くと、闇に慣れてきた目でにやりと微笑んだ律くんの顔が見えた。


「…う、うるさいよ!」
「ははっ、先輩って本当に面白いですね」


年下の癖に生意気な態度にイラついたけど、その笑顔を嫌と感じていない私も何処かにいた



「…じゃ、僕はこれで」


隙間を覗き溜息をついた律くんはそれから私の頭を一撫でし、呆気なくロッカーから出て行ってしまった。

さながら爆弾を投下して去っていく犯罪者の様に。


「…律くんのバーカ」



あんなの意識するに決まってる、なんてヒロインの様な事を考えて、制服の事なんてどうでも良くなるくらい私はずっと悶々としていた。

それは後に彼の兄が探しに来るまで続いたのだった。



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