気まぐれ甘味



根拠もなく、理由もない。
それでも何となく分かる、と思うものがある。
よくよく考えてみるとそれは、運が良かっただけの偶然、でとどまるものでもなく、
寧ろ何気ない日常の中にこそ在るものだと、知った。

食材の入った袋を片手に、食堂へと向かう。
ちょうど良く昼食の後片付けを終えたらしいロックスに声を掛け、キッチンを貸してもらった。
"それならば私が"と言ってくれる彼の提案を、申し訳ないと感じつつ断って
随分と記憶の奥深くに埋もれてしまっているレシピをどうにかして脳裏に浮かばせつつ、食材を台の上に取りやすいように並べる。
クッキーを作ろうと思った。完全な気まぐれである。強いて理由をつけるとするなら、今日は休みで、暇を持て余しているから。…だろうか。
昔、とある人から教わったそれにならいつつ、甘味は少し抑えたいな、と。
台の片隅にぽつんと置かれた、ちいさな時計を眺める。作り終わる頃には帰ってくることだろう。
そう、何となく思えた。

ある特定の人物にのみ作るというのも随分と不公平のような気がして、……まあ持参した材料がなくなるまでは、と思い切って作ったその量。
後片付けをしながら、大きめな皿の上に乗せたそれを目に軽くため息を吐く。
私などが作った、美味いかもどうかも知れぬものを食べたいと思う者はいないと思うが、そんなことは置いて
毎日、この時間帯に船内全員分の菓子を作っているロックスたちの苦労が身に染みて分かったように思えた。実際はこれ以上に大変なのだろうが。
手についた水分を確りと切り、透明な小袋の中にひとつずつクッキーを入れる。五つほど入れて、その口を縛った。
「あら。美味しそうですね」
それを皿の傍らに置いたのと同時に、クレアがひょっこりと顔を出した。らしくもなく驚いてしまって、咄嗟に声が出てこない。
私が硬直している間にも、彼女は軽い足取りでこちらまで近寄り、盛られたクッキーをじいっと見つめた。
「一つ頂いても良いかしら」
「……ああ」
やんわりと微笑まれ、頷く。
彼女の細長い指先がクッキーの端をつまみ、口元へと運んでいくさまを、唯ぼんやり眺めていた。
それほど美味いものでないのは確かなのだが、せめてどうにか食べれる程度であれば良いな、などと、考える。
「料理、お上手なんですね」
咀嚼し終えたらしいクレアが、そう言って穏やかに笑んでくれたことに密かに胸を撫で下ろした。少なくとも、食べられないほど酷くはなかったようだ。
首を横に振り、彼女の言葉をやんわりと否定しながら、こんなものでよければ。と前置きを口にしつつ、食べてくれて良いと言ってみる。
いいんですか? と小首を傾げた彼女に頷くと、明るい笑顔と共に礼まで述べられてしまって。
不慣れな私などより美味く作れる者たちは居るのに、と思うと申し訳ない気分に駆り立てられてしまうものの、…それでも、喜んでくれているようだから。
余計なことを考えるのは中断して、私には勿体無いような気さえする彼女の言葉を、素直に受け取ることにした。


後は私に任せてください。と言って紅茶を淹れる仕度を始めた彼女に礼を述べ、宛がわれた部屋へと戻る。
最中、ロックスの姿を見かけはしたが、何やら忙しそうな様子だと感じて声を掛けるのは止めておいた。彼が落ち着くまで待つべきだろうと、そう判断したのだ。
扉の目前で、耳をよく澄ます。中から微かに寝息のような、いびきのような…そんな音が上がっていることを確認し、なるべく気配を消した。
出来うる限り音を立てぬよう、慎重に部屋へ入る。部屋の隅のベッドの上で、ゼロスがシーツすら掛けずに眠っている。肌寒そうな格好に、一瞬シーツを掛けてやるべきだろうかと思ったが、悩んだ末に止めておいた。
余計なことをして起こしてしまったら、起き抜けが一番機嫌の悪い彼に、またぐちぐちと文句を言われるに違いない。
壁に掛けられた時計を見上げる。
もう、帰って来てもおかしくないだろう。
手のひらの上に置いた袋が、かさりとちいさく音を立てた。

根拠はない。理由も特にない。
それでも、そうだと分かる時が、ある。
「クラトス! ただい………」
時計で時刻を確認した後、程なくして帰ってきたロイドが、眠ったままのゼロスの姿を見て咄嗟に口を噤む。
そんな様子に思わず口端をつりあげてしまいながら、固まる彼を片手でひっそりと招いた。
当然のようにそれに気付き、窓際の椅子に座る私まで寄ってきてくれるロイドに、「おかえり」とそうっと囁いて
それなりに緊張してしまっているらしい手で、持っていた小袋を差し出した。
「ん…? くれるのか?」
「ああ。…お前さえ良ければ」
互いに声を潜ませながら、言葉を交わす。特に迷うこともなく受け取ってくれたロイドを目に、やはり、少しだけ不安を感じた。
「……口に合うかは分からないが」
ロイドは、意外と甘すぎるものを好まない。それを知って、甘さが控えめな菓子を作ってみようと思ったのだが
何しろ菓子を作ることなんて久しぶりで、そうでなくとも得意ではない。
味見はきちんとした。だが、自分には食べれなくはないほどだと思っても、それは飽くまでも自分自身の感想でしかない。
渡しておいて何だ、とは自分でも思うが…あまり、自信はなかった。
「なんで?」
小首を傾げるロイドに、私が作った。とありのままを答える。
その言葉に目を白黒とさせた彼が、やがて、その表情を明るく綻ばすから。
味云々はどうであれ、作ってみようと思い立ったこと自体は、間違いではなかった、…ような。
そんな気がした。


「よっしゃ。俺さま三つー」
「俺が貰ったんだぞ! 何でお前のほうが多いんだよ!」
結局、ロイドに渡した袋のガサガサというような音で目を覚ましてしまったらしいゼロスが
腹が減った。この際なんでもいいから食わせろ。と言ってクッキーを奪いだし、その数に納得がいかない様子のロイドと口喧嘩をし始める。
奪い合うほどのものでもないのにとため息をつきながら、どうにか宥めようと努力をしても、最早声すら届いていないようで。
「二人とも、そんなに腹が減っているのなら食堂に」
「ゼロスが二つでいいだろ! 一つ返せよ!」
「ヤだね。俺さま腹減ってんの」
落ち着く素振りさえない言い争いに再三ため息を吐き出し、下級魔術であれば部屋内を荒らすこともないだろうかと、そんなことを考え始めた。




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