意図的ではない



すかした、嫌な奴だとばかり思っていたけれど、……そればっかりっていうわけじゃあなく。
基本的に同室で過ごしているということもあって、少しずつ少しずつ、意外な一面を目にして印象が変わっていった。
例えば……そうだな、偉そうな言い方がいちいちムカつくけど、間違ったことを言ってるわけじゃないってこととか。
後、一緒に戦闘をしている最中とかに、時々ぼうっとそれを眺めたくなるくらい、強いこと。とか。
はじめて顔を合わせて挨拶をしたときの、とてもおかしな、なんていうか……見覚えのある感じ。も、こっそりと手を貸してくれてたみたいで。
今では、まあ、うん。世話になることも多くなっている。

―――雑草を踏み鳴らしながら、奥へ奥へと進んでいく。大森林のモンスターを三十匹くらい討伐するという、結構ありがちでもある仕事の最中。
その仕事を請けたのは俺で、隣を歩くクラトスは俺の手伝いをしてくれてる。
一緒に仕事をしたことはあるけど、二人だけで出かけるというのは初めてだった。
自分でもよく分からない。分からないんだけど、ヘンに意識しちまうみたいで、少し緊張する。
そもそもなんて声をかけていいかも分からない。向こうからは特に何も言ってこないから、余計に。
嫌な奴っていう印象はもうほとんどないけど……それでもやっぱり話しかけづらい。
「………なあ、クラトス」
「何だ?」
「…えっと…その。……後、何匹くらいだったっけ」
「……数えていなかったのか?」
それでも結構前からお互いに無言のままで、それはそれで居づらくてしょうがなくて、それでもやっぱり何をどう言えばいいのか分からず。
咄嗟に浮かんだ適当なことを訊ねてみればなんだか呆れたような目で見られるし。
……本当に何匹くらい倒したんだったっけな…なんて、これじゃ呆れられても仕方ないかと自分でも思いながら考える。
結構、倒したはずだ。二十匹は過ぎてる。二十五だったか六だったか、……どっちだったっけ。
嫌なタイミングのど忘れに、んー? とひとりで唸っていると、―――ふいに生物の気配を感じた。俺のともクラトスのとも違う、気配。
クラトス、と呼ぼうとして振り向いたときには既に、そいつは鞘から剣を引き抜いていて。
早すぎる反応に思わずぽかんとすると、「何をしている」と静かな声で怒られた。いろいろ言いたいことはあったけど、今はそれどころじゃない。
慌てて戦闘体勢を取ったのと同時に、薄暗い茂みの奥から俺とクラトスを囲むようにしてモンスターが現れる。
ざっと見て三…いや、四匹くらいだ。
「行くぜ…!」
ちらりと背後のクラトスの姿を確認してから、土を蹴る。
耳の奥にまで入り込んでくる風が、クラトスの詠唱の声を運んで知らせた。


二人で四匹を相手にするときは大体、ひとりが二匹を相手にする。
俺とクラトスの場合は、たまに一匹と三匹になってることもあるけど……今回はきちんと二匹、片付けることができた。
抜いた剣を二本ともそれぞれの鞘に収め、振り返る。クラトスは俺より早く片付け終わっていたらしく、抜かれたはずの剣はとっくに鞘の中に戻っていて。
やっぱ、強いんだな…なんて。悔しいけど、認めるしかない。
「…これで最後だ」
俺を見てぽつりと呟いたそいつの言葉を理解するのに時間が要った。少し考えて、倒したモンスターのことを言っているんだと理解する。
「二十六匹だった?」
「……二十七だ」
「………おしかったな」
また向けられる呆れた…というような目に居心地の悪さを感じながら、それを敢えて触れないでおく。
だって忘れたものは仕方ないだろ。最初はちゃんと数えていたはずなのに、こいつがだんまりしてるから分かんなくなっただけで。
……なんて、見苦しい言い訳をこっそり呟いてみる。
「戻るぞ」
「ああ。……?」
俺から背を向け、来た道を戻ろうとするクラトスの背中を眺める。
そこで、あれ…と思った。
確かな違和感。何に対してなのかは分からないけど、何かおかしいような。そんな気がする。
もう少しで何だか分かりそうだったような気もするのに、何歩か進んだクラトスが訝しげに振り向いてきたもんだから、思考は一気に中断された。


―――帰る道。その中でさえ、違和感は続いている。
何を考えているかすら分からない横顔をこっそりと眺めながら、何がおかしいと感じるのか…その理由をずっと考えていた。
クラトスの姿に変わった様子は見られない。違和感を覚える前と変わらない、いつも通りに見える、けれど。
感じたことを感じたままに言うなら、……歩いているとき。なんだかたまに不機嫌そうな空気が周囲に漂うような。
でも、俺に対して怒ってるわけじゃないということは何となく分かった。誰にでもない……言うなら、自分自身に?
ぴたりと立ち止まる。
ふと―――頭の中を過ぎっていくものがあった。
「…あんた、もしかして…怪我してる?」
「…………」
そうだとも違うとも言わない。無言。
立ち竦んで俺の顔すら見ようとしないそれに、段々と確証を掴んできて。
近寄りながら、その体をまじまじと見つめる。
傷は見当たらないけど……と思った矢先、右側の足が微かに膨らんでいるように見えた。
それに気付いたことをクラトスも察しがついたらしく、諦めたようなため息を零す。
「……軽い捻挫だ。じきに治る」
「じきにって……あんたの術で治せないのかよ?」
「もう試した」
「ファーストエイドで治らないなら軽くはないだろ…!」
慌ててその場に座らせて、捻挫したらしい右足の靴を脱がす。
ぴったりしているもんだと思っていたわりに、意外と余裕があるらしい紫色のズボンのようなものを捲ると、足首のあたりに痛々しい赤腫れが現れて。
見ているだけでも痛いのに、"軽い捻挫だ"なんて、嘘だ。
「我慢してたのかよ。これ」
「………」
都合が悪くなるとだんまりする。これはきっとクラトスの悪い癖だ。
俺が気付かないでいたら、きっといつまでも何でもないように振舞っていたんだろう。
こんなに痛そうなのに。と思うのと同時に、なんだか暗に俺なんか頼りないって言われているような気になってきて、
そんなことを考えるようなヤツじゃないってのも知ってるけど、悔しくなって。
「よ………っと」
「っ…!?」
脱がせたクラトスの靴を片手に持ち、横向きに座っているそいつの体のそのまま両手で持ち上げる。
予想していなかったらしい事態に慌て出すクラトスを見て、少しだけ面白いなと思ってしまった。
下ろせ、と暴れるそいつに構わず歩きだし、「落っこちたら足、もっと酷くなるぜ」とそれとなく脅してみる。
さすがにそれは勘弁したいのか、以外と素直に大人しくなった。
「……ロイド」
「ん、何だよ」
「船着場に着く前には下ろしてくれ……」
呟きながら俯くクラトスの顔は、どうしてかちょっと赤い。
怪我して体調も悪くなったのかな…なんてぼんやり思いつつ、とりあえず「分かった」と返事してやる。
それでも、どうするかは自分でも分からなかった。歩くのが辛いようならこのままで行くつもりだし。
最近は結構世話になってることが多いから……これぐらいのことは。
「すまないな…」
「……?」
どうして謝られるのか分からなくて、首を傾げる。
するとそいつは「迷惑をかけた」と呟くように言った。
そんなことないだろ。と笑って首を振り、ふと、思ったことをそのまま口にしてみる。
「じゃあさ、あんたの足が治ったら……またこうやって、何か手伝ってくれよ」
緊張は沢山したけど、同じくらい楽しかったし。
強いやつの戦い方を見てると参考になるからいいんだって話も聞いたことがある。
最初のうちはガキみたいに嫌ってた気がするけど、一緒にいるとこう…なんていうか。落ち着くような。今じゃ、そんな気もするし。
まあとにかく。
「足がちゃんと治ったらな。…無理して動いちゃだめだぞ」
「………」
語尾を強めて釘を刺すと、図星だというように視線を逸らしたけど。
「……分かった」
渋々、ながらしっかり頷いたそいつを見て、少し安心した。

………………………………
不本意ながらお姫様だっこに甘えるしかない状況のかわいい人と、
意図的でもなんでもなく美味しい感じになってる素敵な攻略王の図。



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