幸せ結び



柔らかな日差しが入り込んでくる、温かくて穏やかな、朝。
何もすることのない俺は、自分にあてられたベッドの上に寝転がって、ただじいっとすぐ隣のベッドのその上に座っているクラトスを眺めていた。
自分の背中を後の壁に凭れさせているそいつは、もう一時間近くも黙り込んだままだ。
今の体勢のまま、黙々とおなじみの読書をしている。
話しかけてみてもやっぱり返答はなく、ぴらりとページを捲る音が虚しく響くだけだった。
……予想はついていたことだけどやっぱり虚しいものは虚しい。俺より本かよ、とどうしても思ってしまう。
クラトス自体に悪気はこれっぽっちもないんだろうけど。それが何だか逆にタチ悪いような気もする。
悪気はないんだと分かってしまっていると、文句さえもなんか言い辛いし。
これっくらい別にいいかなあ、なんて、不満はたらたらな癖につい許してしまう。
「……暇…」
今日は一緒にゆっくりしようぜ、と、そう言い出したのは俺自身なんだけど
何にもやることがないっていうのも…やっぱり、暇だ。
なんか暇つぶしになるようなものでも持ってくればよかったかな。今みたいに、クラトスが本読んでて反応がないって時のための暇つぶし。
……って言っても、暇つぶしになりそうなもんなんて思い浮かばないけど。
「………」
ページが捲られる際の、ぴら、という音が、ほぼ一定のリズムで聴こえてきて。
その音に、だんだんと、……眠くなってくる。
流石に寝るのはちょっとだめなんじゃねえかな、なんて、そう思いもしたけれど
ちらりと見上げたクラトスのその目は、まだ、真剣に本の方に向けられていたから。
……ほんの少しの間だけ目ェ閉じてるぐらいなら大丈夫かな、と。そう思った。
「クラトス、それ終わったら呼んでくれよ」
眠いせいか重たい気がする瞼を、ぐっと閉じて。
それから俺はクラトスに、そう声をかける。
相変わらずそいつからの反応はないままで、それにちょっと不安を抱いたけれど
ぼーっとしていた思考はすぐに、睡魔に連れられて眠りの中に落ちていった。


静まり返った静寂の、その中で
不意に、…すう、と。吐息のような音が響き渡る。
聞き慣れているような気がするそれへ何気なく視線を向けてみると、その先には
白い枕に顔を埋めたうつ伏せの状態で眠っている、ロイドの姿があった。
「…ロイド?」
物珍しさについ、何の考えもないままその名を呼んでしまって
暫くの間を置いたその後、はっとそれに後悔する。
う、と小さく上がった声に起こしてしまっただろうかと焦ったが、
静かに唸ったロイドは自らの身体をほんの僅かに動かしただけで、目覚めては…いないようだった。
湧き上がった安堵感に思わず溜息が零れる。
「………」
これまで読んでいた本を、音が上がったりしないようそっと閉じて
それをそのまま寝台の上に置いてから、私は眠っているロイドの側へと近寄る。
上から覗き見た彼の寝顔は、思わず笑みが零れてしまうほどにあどけないものだった。
懐かしいとすら感じられる幼くて穏やかなもの。
まだ言葉すら上手く話せずに居た頃の、あの寝姿と何処か似ている。……本人が聞いたら怒りそうだが。
「…すまなかったな、ロイド」
恐らく彼は、本を読み始めてしまった私を待っていたのだろう。
こんな晴れた良い天気だというのに、……私などのためだけに。
自らに悪い癖がついているということは知っていたつもりだったのだが、
結局今回もそれに気づけなかったらしい。
今になってよく思い返せば、本を読んでいるその最中に、…何度か。
ロイドの話し声が聞こえてきたような、そんな記憶もあるような気がする。
…本当に、どうにかして直してしまわなければ、と。そう痛感した。
「……ん…」
彼が今使っている寝台の、その隣の床に腰を下ろして
小さな唸り声を零しながら眠る、その姿をじっと眺める。
悪いことをしてしまったとは勿論思っているが、…けれど、それと同時に少しだけ、この寝顔を見れたことに喜びを感じた。
どんな夢を見ているのか、それは私には計り知れないが
その穏やかな寝顔が、なんだかとても、…幸せそうなものであったから。
反省しなければならないはずのに、此方までも、幸せになってきてしまう。



「ロイド、クラトス、いる? 暇ならちょっとお付き合いして欲し………あ」
ノックひとつさえしないまま、二人が使ってる部屋に入り込んだ僕は
発した言葉を中途半端に途切れさせ、そのまま、ぴたっと立ち止まる。
あんまりに暇な日だから、二人に暇つぶしにでも付き合ってもらおうかなあ、なんて考えていたんだけれど
その二人は今、どうやら、眠っている―――ようだった。
「うん。…お邪魔、しました」
珍しいその光景に思わずそんなことを呟いてしまいながら、
僕はそーっとそっと、物音を立てないように部屋の外に出る。
自動的に閉まるこのドアの音で起こしてしまうんじゃないかと、少し心配したけれど
どうやら、……うん。大丈夫だった、ようだ。
「仲良しだなあ、二人とも」
たった今見たあの光景をもう一度思い出しながら、僕は。
ついついそんな独り言を呟き、そうしてくすりと笑い声を零す。
あんまりよくは見えなかったんだけれど、それでも、見間違いではなかったと思う。
ロイド君とクラトス、お互いにお互いの手を握って寝ていた。
一言じゃ表しきれないくらいの、ひどく幸せそうな顔をしながら。



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