緩やかにくすみ行く自我



(※マイソロ3ネタバレ注意、ただの自キャラの話)


目が覚めたその瞬間、視界に入ったいっぱいの空はまるで私を包み込むかのように広く、そして遠かった。
綺麗だとそう思ったのだ。一番最初に。それをよく憶えている。


ラザリスはこの世界を救うことを無駄だと哂った。ひとが存在している限り、争いはなくならない。いずれ同じことを繰り返し、いずれ同じように破滅の道を辿ると。
何を言われているのか、分からないわけではなかった。どんなに手を取り合おうとも、すべては一時的なもの。
正直に言えば、迷いがあった。
それでも―――空は、きれいなのだ。この世界の空は、とても。まるでひとを包み込むかのように広く、遠く。

この身に宿るディセンダーの力を、他人にへと受け渡す。失敗すれば被検体の命が危ぶまれる…らしい、行為。
研究室の角っこに追い詰められたロニが首を振る様を、ハロルドが相も変わらずどこか楽しげな声を上げているのを、ただただぼんやりと眺めていた。
ぐすりと胸中に渦巻くなにかがある。知らない、教えられていない感情―――それをなんて呼ぶのかすら分からない。
「―――あの…私じゃだめかな?」
ぼうっとしている内に物事は進んでいたようだった。怯えた動物のように縮こまっていたはずのロニは何時の間にやら姿を消し、ハロルドとリタが驚いた目でカノンノを見ている。
彼女達がなにを言ってても、頭の中には入ってこなかった。こちらから何かを言う必要は無い――全て向こうが勝手に決めてくれる。
自分でもびっくりしてしまうほどに、この心は冷めていた。彼女達がこちらを見る、その視線さえ鬱陶しい。
いいんだよカノンノ、そんなことをしてくれないで。そう言いたかったけれど、言えなかった。そうすることでしかラザリスの侵食を止められないと言うのだから。
……ラザリスの言葉だけがぐるぐると脳裏をまわる。

命を賭した実験はなんら問題なく終了し、この身は用済みになった。
重たい足を引き摺るようにして青い色の廊下を進む。とある部屋の前で足を止めて、目前の扉をそうっとノックした。
「―――…入れ」
扉の向こう側から低い声が返ってくる。その言葉に従うがままに部屋に入ると、窓際の椅子に座り本を読んでいたらしいその人とぴったり目があった。
「すごいね。何も言わなくても、私ってわかる?」
「…ほぼ毎日だからな」
後ろ手に扉を閉めながら、その言葉に笑った。そうだねえと適当に応じて、向けられるなんとも微妙そうな視線に気付かないふりをする。
そのまま近くのソファにどさりと腰を下ろして、無意識的にため息を吐いた。
「……? 何かあったのか?」
鳶色の目がじっとこちらを見つめる。小首をかしげる仕草が妙に幼く、妙に似合っていて、ついつい笑い声が零れてしまった。
とても、不思議だ。今さっきまで嫌な気分でいっぱいだったのに、彼と話をしているとこんなにも落ち着ける。
変なくらいの安心感―――始めてここで彼と会話をしたときからずっと、感じているもの。
クラトスは、沢山のひとが乗っているこの船のその中で、みんなと一際何かが違っていた。
「…ねえクラトス、」
そこで自分の声は途切れ、後は音に乗らない言葉が空回るばかり。不思議そうな目をする彼から逃れるように、うつむく。
ディセンダーってなにかな。そう、問いかけてみたかった。
ラザリスに侵食されたものを、治す、浄化するこの力―――自分でもよく分からないこの力さえ存在していれば、私のこの身など何でもないものなのか。
その力を持ってさえいれば誰もがディセンダーで、…それなら、私は? その力を誰彼問わず与えるだけのものなのか。
「なんでもない。ゼロス、帰ってきてないの?」
「…ああ…そうだな」
あの鬱陶しいと思われがちな明るさが無いのが、今だけは寂しかった。ひとりで留守番してたんだろうクラトスも、同じような気持ちなのかもしれない。
「早く帰ってくるといいね」
「………」
ゼロスとクラトスは恋人同士だ。クラトスはそれを隠しているらしいけれど、私とか、ジェイドとかレイヴンとか…そこらへんの一部の「大人のひと」には知れ渡っている。
察してはいたけれど、大体はこっそりゼロスに教えてもらったとか、なんとか。クラトスが聞いたら確実に怒るだろう話だ。
だけど私は、それをおかしいとは思わないし、逆にそうでよかったとも考えた。何かとゼロスは人前でクラトスに突っかかることが多かったから、仲が悪いのかと気にしていたのだ。
でも、今なら分かる。ゼロスのクラトスを見る目が、とてもやさしくて穏やかなものだということに。そして、その視線に目を合わせることでこっそり応えているクラトスも、その時ばかりはとてもやわらかな表情を見せるのだ。
誰も気付いていないらしいささやかなそれが、凄く微笑ましくて。だから私は、二人が一緒に居るところを見ているのが好きだ。
「本当に…早く帰ってこないかな」
この世界がラザリスのものになるということは――― そんな二人の幸せが、なくなってしまうということ。
そしてそれは別の誰かにも言える。
そう、だから私は、この世界を救いたいと。



―――"キバ"の足元で苦しむ二人が、カノンノの手によって救われていく―――。
他人がその力を使っているところを始めて見た。その眩しさに、思わず目を背ける。
ああ、また帰ってきた。ずくりと重たい、大きな不快感。密かに吐いたため息が頭の中で木霊する。頭痛がした。
私がいなくても。その力さえあれば良かった。世界樹がこの世界に送り出したのは私じゃない、この身の中の光だけ。
冷えていく爪先に引っかかったままの銃のトリガーが、熱を持ち始めたかのように生温く感じた。「こんな世界など捨ててしまえよ」、流れる言葉を振り払う。

(ああ、所詮、こんなものか)
("ディセンダー"なんて、こんなもの!)
私 が、どこにもいない。

そんな世界の空は遠い。


………………………………
やさぐれるディセンダーって何か良くね、という頭の悪い発想の果て。
とりあえずディセンダーはクラトスをかっ浚えばいいと思うよ。



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