非、現実的



普段どおり、だったはずなんだ。
そう、少なくても、今朝までは。
天使さまが、リノちゃんと少し仕事してくるって
そう俺さまに一言声かけてくれた時までは、何も変わった様子は見られなかった。
……そのはず…なのに。
「て…んし……さま?」
両手を不自然に頭の上に置きながら、
若干涙目で俺さまを見上げてくる……鳶色の髪の少年は。
どっからどう見ても…っていうか間違えようもなく…天使さま、…そのものだった。

しん…と、静まり返った部屋の中で。
俺と天使さま…らしき少年は、立ち竦んだまま互いに見詰め合っている。
ええと……天使さま…なんだよな? 他人の空似とか?
でも空似っつうものにも限度があるよな? 寧ろこれはドッペルゲンガーって言うべきなんじゃねえ?
っていうかそれは良いけどいや良くねえけど
天使さまっぽいコイツの頭の上に置かれた両手が気になる。
僅かな指の隙間から、なんか毛みたいなものが見える気がするんですけど。
つうか夢? 夢でも見てる? 俺さま。
「……いてッ…」
そう思って頬を思いっきり抓ってみたら、…思いっきり痛かった。
「ゼロス………」
何やってんだ、とでも言いたげな声で。
俺をじとっと睨み上げてくるそいつに、やっと目が覚めた気がした。
声もいつもに比べて高めだけど。身長とか俺さまの方が若干上だけど。
この凄んだ目は天使さまだわ。…紛れもなく。
「ど…どうしたの? そのカッコ…」
明らかにおかしいその姿に、おどおどとしながら訊ねてみるものの
その問いかけに答えてくれる言葉は……ない。
っていうか当の本人も、今の自分の状況を上手く理解できていなさそうな感じだ。
いつもの無愛想面をくしゃりと歪めて、戸惑いの表情を浮かべている。
「………まあ…さ、天使さま。よく分かんねえけどとりあえず……うん、とりあえず、その手下ろしたら?」
相も変わらず頭の中はぐるぐると混乱してるけど、まあ、だからと言って考えて理解できそうなものでもねえし。
俺さまはとりあえずと、頭を抱えるような格好のままの天使さまにそう提案してみた。
いや、ただ単純に、さっきからずっとそうしてるから疲れてるんじゃねえかなあと思って。
なんか天使さまのその手、震えてるような気がするし。
「…天使さま、疲れてんなら下ろしなって。後で痛くなるよ?」
見てるだけで分かってしまうくらいに無理してるくせに、どうしてか天使さまは、いつまで経っても両手を下ろそうとしない。
首を振ることでそれを拒んで、やっぱり黙り込んだまま、俯いている。
「天使さま」と少しばかり強めた声でそう呼びかけてみても、反応は返って来なかった。
だから、…つい。それに、痺れを切らしてしまって。
一瞬の苛立ちに身を任せるまま、天使さまのその腕に手を伸ばした。
天使さまが、焦ったような声で俺の名を呼ぶ。
それすら気にかけずに、俺は、天使さまの細い手首を掴んで、その手をぐいっと自分の方に引き寄せた。
「…………」
ぴたり、と、時間でも止まったかのように、身体が硬直する。
沈黙だけが辺りを重たく包み込んだ。
天使さまの手が置かれていた、彼のその、頭には
赤い色の、耳、のようなものが。……ぴょっこりと、くっついていた。
「……天使…さま? それ、…なに…?」
見間違えでもしているのだろうかと、ゴシゴシと目を擦ってみても
確かに、それは、…天使さまの綺麗な髪からぴこっと飛び出て、…存在している。
ええと…どういうことなんだ。これは。
一度は落ち着いたはずの頭の中が、またぐるぐると混乱し出す。
そもそもなんで猫耳なのよ? いや…考えるべき所はそこじゃねえか?
ああでも、天使さま、なんか「もう死にたい」とでも言いたげな深刻なお顔をしてらっしゃる。
なんか気の利いたことでも言って、少しでも安心させてやんなきゃ恋人の名が廃るぜ……。
「まだちょっとよく分かんねえけど…とりあえず天使さま、そんな見てるこっちが気落ちしてくる顔しないの! 大丈夫だって!」
「……ゼロス…?」
「今の天使さまのカッコ、かわいいし似合ってるしで最っ高よ!」
その、心の奥底っからの感想を、口にした瞬間。
不気味なほどの沈黙が―――再び、舞い戻って、きて。
わなわなと身を震わせ始めた天使さまのその姿に、やっと、自分の過失に、気づいたけれど。
「いや…天使さま、違っ…! あ、いや、違くないんだけど! ちょっと待っ…」
悪い意味で言ったわけじゃないんだと、そう弁明を述べるよりも、早く。
「このッ…馬鹿者が!」という、低く怖い怒号が響き渡り、それと同時に目にすら留まらないほどのお見事な鉄拳が、飛んで来た。



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