ハッピーハロウィン LK



無関心のものには意外と疎い、そんなクラトスがそれを覚えていたのは偶然である。遥か遠い昔、自らの弟子であった少年と幾たびかそれについての言葉を交わしたきり、以降は誰の口からも話題となることはなかった。
覚えていた、というより記憶の片隅に残っていた、と言うのが正しいのかもしれないが、何にしろクラトスにとってそれは珍しいことなのだ。
前日に思い出せた、というのもまたひどく珍しい。
エクスフィアを集めて回っているロイドは、はたしてそれを知っているのだろうか。確たるものは何もないが、ただ何となく、
何となく戻ってくるような気がした。

当日。朝食を終え、イセリアまで出かけてくるのだというダイクにキッチンと食材を借りたいとする旨を伝えたクラトスは、それへの快い了承に感謝しながらクールボックスの中をそうっと覗き込んだ。
材料は十分にある。買出しに行く必要もなさそうだ。使いたいものを一通り出して、テーブルの上に並べた。
仮装した子どもが大人に菓子を強請る、元は魔よけとして広まったという祭り。今日がその日だからと言って、ロイドが帰ってくる確証は何処にも無い。
作り損になれば、まあ、その時に考えよう。イセリアで過ごしているコレットに渡して食べると言ってくれるひとに回してくれと言ってみても良いかもしれぬ。
ただ、何となく気が乗った。それだけだった。参加することが苦手な祭行事当日に、ほんの少しでもそれらしいことが出来れば、それだけで良いと。
材料をボールの中で混ぜ合わせながらクラトスは、今は亡き少年のことを思い出していた。参加してみたかったろうに、自分は狭間の者だから今は…と首を横に振ったきり、少年は最期までこの日の行事に混ざることはなかった。

作り終えた菓子を皿に盛り、テーブルの中心へと置いたクラトスが、ほんの少し休憩するつもりで椅子に座し、両腕を枕代わりにしてテーブルに突っ伏してから数時間。
随分と長らくやっていなかったことを行ったせいか、完全に眠ってしまったクラトスを叩き起こしたのはひどく不意なノックの音だった。
「…ん、………」
テーブルから身体を離し、立ち上がったクラトスが寝ぼけ眼のままで扉へと歩み寄る。コン、と、二度目のノック音が響いた。
ドアノブを回し、開く。
「………?」
扉を叩く音は確かにしていたはずだ。空耳では決して無い、筈。それでも、開いた扉の先には誰も居ない。何の気配すらない。不可解なそれにクラトスが首を傾げたその瞬間、やけに温もりのあるやわらかな風が吹きぬけていった。
「…寝ていたのか、私は」
外の薄暗さを目にしてやっとそれに気付いたクラトスが、訝しげな表情を浮かばせたままで扉を閉める。

普段ならばとっくに帰ってきているだろう時間帯になっても、一向にダイクは戻ってこない。とりあえず夕食は作っておいたものの、今日はイセリアに泊り込みになったのかもしれぬなと、先ほども使っていた椅子に再び座したクラトスはぼんやりと考える。
そこまで珍しいことではない。そう頻繁なものでもなかったが、――時折。基本的に何の連絡もなく、それがまた拍車をかける形で、時折ダイクがどんなに経っても帰って来ないことに、はじめのうちは随分と困惑し、心配もした。
ただそれは、ダイクにとっても紛れもなく"息子"のロイド曰く、クラトスを信用しているからこそ、らしい。それを耳にしてからはロイドのその言葉を信じ、慌ててしまわないよう自らに言い聞かせながら、この中でひたすらに家主の帰りを待つのだ。

夜も深まり始めた頃、扉がなんの前触れも無く開かれる。クラトスはそれをダイクの帰宅だと思ったのだが、どうやらそれは違うようだった。
「ただいまー!」
明るい声。それと共に入り込む、赤い衣服の少年。顔つきも大人っぽくなり、背だっていくらか伸びた。それでも未だに少年の面影を残す、かれは。
今日のこの日がハロウィンだということを思い出し、もしかしたら帰ってくるかもしれないと、クラトスが想定した―――その人。
「ロイド、」
「クラトス あ、んと、…父さん。会って早々だけどさ」
後ろ手に扉を閉めたロイドが足早にクラトスへと近寄る。ぐいと突き出された腕のその先、グローブに包み込まれた手のひらが、何かを求めるように開かれて。
「トリック・オア・トリート!」
無邪気に笑う。それにつられてしまったクラトスが、思わず笑い声を零した。


小さく切ったカボチャを散りばめたホットケーキ。クラトスの手作り菓子を口にしながら、ロイドは"帰ってきて良かった"と言って笑う。
「レアバードで移動してたらイセリアの近くを通ったからさ、急ぎじゃないから顔出そうかと思って」
「そうか。…ちょうど良かったな」
「なー! 今日がハロウィンだって事、すっかり忘れてたけど…ドアを開けようとしたとき、なんか声が聞こえたような気がしたんだよ。そしたら急に思い出して。あー…なあクラトス、おかわりとか…ダメ?」
暫く語ったその後に、空っぽになった皿を見せて何処か申し訳なさそうな顔をする。そんなロイドの手にした皿を眺めて、クラトスは首を傾げた。
皿が空になるのも、おかわりも全然構わない。が、確実に作り過ぎてしまったと思うくらいには沢山あったはずで、それがこうも早くになくなるだろうか。
差し出された皿を受け取り、キッチンへと向かいながら、ぼうっと考え込む。

"ねえクラトス、人間の作ったお祭でハロウィンっていうのがあるんだって。知ってる? 仮装して、大人にお菓子を貰ったりして、悪いものが来ませんようにって願うんだって"
"楽しそうだよね。ボクはハーフエルフだから、今はまだ参加できないけど……いつかやってみたいな。そしたらクラトスにもお菓子、貰うからね!"

―――コン、と。
「…ん…? ………風?」
たった一度だけ、扉が軽く叩かれた。その音がした。ロイドはそれを風だと納得し、クラトスは先ほどのあれが空耳ではない、他の何かだということを知る。
(……ミトス…?)
ただ、そんな気がした。それだけであり、…願わくば、そうであれば良いと。




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