想いをあなたへ



何となく、何処となく、違和感があるように思いながらも、クラトスはそれを気のせいだろうと自己解決することで目を瞑っていた。
それはもう朝のうちからそうだった。天使化して長い彼の身体が求める睡眠は無に近く、周りに倣うように眠っても、それは浅い。故にクラトスは毎回、誰よりも早くに目を覚ます。この日も例外はなく、同室であったゼロスの小さな、且つとても珍しいいびきの音に目を覚ましてしまい、それからは皆が起き出す時刻をひたすらに待っていた。
音立てることもなく部屋でひとり本を読み耽っていたということもあって、彼が初めに言葉を交わしたのはゼロスだった。ゼロスは朝に弱いようで、完全に起きるまでに時間が掛かる。自慢の髪をぼさぼさにしたまま、未だに眠そうなゼロスが声を掛けてきた時、そこで漸くクラトスは止まっているようにも感じられた時刻の移ろいに気がついたのだ。
初めのうち、ゼロスは、何度もその目を擦りながら不機嫌な様子でいたが、それは毎度の光景であった。だから、気に留まりもしない。今日は快晴のようだった。その内、それなりに気分も直るだろうと、そう思っていただけで。
ただ、そんな時。
「―――あー……そういや」
寝台の上、ぽつりと言葉が呟かれる。本当にちいさなそれに、鋭い聴覚も役には立たなかった。もうすぐ朝食の時間だっただろうか、と、向かい側の壁に掛けられた時計を見上げていたクラトスが、ゼロスへと視線を移す。ゼロスもまた、クラトスをじっと見ていた。
彼は、特にクラトスと、あまり目を合わせたがらない。それもまた当然のことだろうと思い、受け入れていたクラトスに、ゼロスのその視線はとても不可解なものに感じられた。
"なんだ"と問い掛けても応えはない。彼はただ黙ってクラトスを見つめ続け、やがてその表情を笑みへと変えたのだ。

そんなゼロスほど露骨ではないものの、その後、顔を合わせたメンバーたちも似たような反応を示すことが多かった。最初のうちは変わらないように見えるのだが、ふとした合間にクラトスをじっと見て黙り込み、何かを思い出すかのような―――或いは、思いついたかのような。何となくそう感じ取れる表情を浮かべ、しかしクラトスには何を言うこともない。
それに凡そ八回ほど遭遇すれば、実の息子やテセアラの神子に"鈍感"と文句を言われることも多いクラトスであれども疑問を抱かずにはいられなかった。
―――ただそれは、はっきりとした確証があるわけでなければ、大したことすらないのかもしれない。さりげなく聞く、…と言っても、何をどう問えば良いのかすら曖昧で。
気のせいだろう。クラトスは結局、そう自己解決することで、あまり気に留めないことにした。
今日はせっかくの休みなのだ。もしかすれば私が知らぬ何かがあるのかもしれない。自分に関係がないのならそれにこしたことはないかもしれぬと、そうとまで思ったが。
その推測は半ばまで的を得、……半ばからは全くと言って良いほどに違っていた。


休日というものはそれなりに貴重だ。故にメンバーたちは皆、こういった日にしか出来ないようなことをそれぞれで行っていることが多い。
その筈なのだが、だとすればこれはどういうことなのか。椅子に座すクラトスはそのまま、ぼんやりとして考え込む。
自分と、ゼロスへ宛てられた、宿の一室。不便なほど狭く感じられぬ部屋は、しかし決して広くはなく、それなりの人数が集えば窮屈だ。
……随分と窮屈だ。
「…どうしたというのだ…?」
部屋の中。決して広くない空間に集うのは、未だ若い、…主に子ども達。ロイドにコレット、ジーニアスとプレセア。しいなと、同室であるゼロス。昼食を先に終えていたクラトスを捜したのだという彼らを目に、クラトスは戸惑いを隠せない。
何かあったのか。それとも、自分が何かをしたのか。思考を様々に巡らせてみても、一向に心当たりはない。問うても誰も答えない現状に、焦りを覚えてきてしまう。何なのだ、と、再三問い掛けたいが為に、口を開いた。
―――筈、のそれは。
「そのっ…クラトスさん!」
意を決したようなコレットの声に遮られ、言葉にすらならず。
そのまま、ずいと目前に迫った白い色に、目を瞠るばかりだった。
透明な包装紙と薄紫のリボンで纏められているそれは、花。それ自体にあまり関心のないクラトスでもよく見覚えのある形で、―――薔薇、という名だと記憶にもある。
差し出されたそれと、コレットと、その背後にいる人物たちを見比べ、硬直する。どうしたら、良いのか。それすら分からずに。
珍しくもおろおろとしてしまうクラトスを目に、ゼロスが呆れたような色を浮かばせながら笑う。
「あーもー、これだからこいつは。コレットちゃんはアンタにそれを渡そうとしてんだよ、さっさと受け取れって鈍感」
「…? ああ……?」
混乱したまま、とりあえずとそれへ両手を伸ばす。ひどくやわらかな手つきで手渡されるそれを、クラトスは自分で自覚できるほどに拙い受け取り方をした。切り揃えられた根元の辺りをついきつく握ってしまい、それに気付いて慌てて持ち直す。薔薇を両腕に抱えることでようやく落ち着き、コレットを見上げた。
くすりと、彼女はやんわり笑う。
「少し前にこの街の道具屋さんで聞いたんです。今日が、お父さんをお祝いする日なんだって」
それだから。せっかくだから、その日にお休みを取ろうって。何か少しでも、お祝いが出来ればいいなって、みんなで話していたんです。――そう続けられたコレットのその言葉を、クラトスは呆然と耳にする。
予想外なそれに上手く思考が追いつけないで、何の反応も示すことができない。けれど彼らは、そんなクラトスの性格を知って、故に気にもせずに笑うのだ。
「私たちの、気持ちです。クラトスさんは、ロイドのお父さんで―――私たちの、大切な仲間だから」
ひどく真っ直ぐに、告げられる。クラトスは自らの腕にそっと抱えた花へと視線を移ろわせた。棘のない、真白な薔薇が"八本"咲き誇っている。その数に、胸の内が落ち着かない程、熱くなっていくのが分かる―――。
「………ありがとう」
低く、それでいて何処かぎこちない声。もっと沢山の想いが廻るのに、それを言葉として表すことが、どうしても出来ない。情けないと感じずには居られないのに、彼女は―――彼らは、まるでそれを許すかのようにそっと笑うのだ。


「……とても、驚いた」
「そうだろうな。すっげえびっくりしてたの、後ろからでもよく分かったし」
「リフィルやリーガルにも、礼を言わなければならないな」
その後、コレットたちは二人を気遣ってか、"またあとで"という言葉を残して部屋を出て行った。今は此処に、クラトスと、ロイドだけが居る。クラトスのその言葉にロイドは笑い、「二人は今は出かけてるみたいだから」と返答をした。
そうしてから彼はクラトスへと近寄り、椅子の傍に置かれた寝台に腰掛ける。束ねられた八本の薔薇を眺めているクラトスに、ロイドはそっと声をかけた。
「…それ、一本だけ少し違うものがあるんだぜ」
「違う? …そうなのか?」
「うん」
ロイドのその言葉に花束をまじまじと見つめるクラトスは、しかしロイドの言う"違い"にどうしても気付けないようで小首を傾げる。その様子にロイドはこっそりと笑って、自分は結構意地悪なんだなと考えた。
目に見えた違いがあるわけじゃない。こればかりは絶対に分からないだろう。
違いを懸命に見つけようとするあまり、考え込んでしまっているらしい実父の名を呼び、"ごめん"と前もって告げた。
「この中に入ってる一本、ユアンのなんだよ」
その言葉に目を丸くしたクラトスの、予想通りな反応に思わず笑い声を零してしまう。
ユアンが? と、信じられない様子でもある彼にこくりと頷いて、自分のものが入っていないのだと続けた。
そうしてロイドは、片手でずっと自分の背の影に隠していたものを差し出す。同じ、薔薇。けれどその色に大きな違いがある。
明るい朱色をしたそれを、ロイドはそっと白い花束の中に差し入れた。それをクラトスへと見せ、そのまま再び受け取らせる。
「…花ってさ、枯れちまうだろ? それがまたダイゴミなんだってゼロスは言ってたけど。……やっぱり寂しいし、枯れる前に、そうならないようにするよ」
「そんなことが出来るのか?」
「やったことはないけど…親父に教わったことはあるぜ。任せとけって」
ロイドはクラトスへと腕を伸ばす。手のひらであたたかい頬に触れ、やがて静かに距離を縮めた。唇が重ねられ、すぐさま離れていく。
クラトスの持つ花がつぶれてしまわないように気を遣いながら、ロイドは彼をそうっと抱き締めた。
「その……ありがと、な」
耳元でささやかれる言葉。それに、クラトスはやんわりと笑む。"こちらこそ"と返した声によって、背に回された両腕に力が込められた。

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素敵な6/19と父の日。しあわせになれ!




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