6.0.9



寒くもなく、暑いわけでもない。開け放されたままのベランダから日差しが入り込み、やんわりと風が吹き抜けていく。
この中で静かに読書をすること。それが近頃のクラトスの日課であり、密やかな楽しみでもある。
しかしそれは。
「俺さまが一番、好かれてるに決まってるでしょー。ロイド君はあくまでも"息子"だしぃ?」
「いきなり来るから何かと思ったらそんなことかよ。そんなの、言うまでもないだろ」
寝台に座すクラトスの、その目前。何やらよく分からぬうちに言い争いを始めた二人によって、容易に乱されてしまった。

―――何故こんなことになったのか。途切れ途切れの記憶の糸を辿りつつ、クラトスは思案する。
ほんの数分前まで、自分は此処で本を読んでいたはずだ。天気の良い今日はダイクもロイドも出かけていて、読書に没頭するあまり周囲のことすら頭に入り込んでこない、という悪い癖を表に出しても、何の問題もないはずだった。
然れども事態は自身が知り得ぬうちに、どうにも面倒な方向に傾き続けているらしい。あまりの騒々しさにクラトスが顔を上げた時から、そこには既にその二人がいた。人の目前だというのにそれを気にも留めず、よく分からない会話を交わしていた。
出かけていたはずのロイドの存在と、随分と久しぶりに見るような気がするゼロスの姿に彼が驚いている間にも、二人の声は止まることも知らぬように上がる。
思考を一旦放棄し、よくよく聞いてみるとそれは、どうやら自分についての話であるらしい。クラトスがどちらをより好いているのか。互いに譲らぬせいで、其れは最早"口論"となりつつある。
はあ、と、クラトスは深くため息を吐いた。何故彼らは事ある毎にこうなってしまうのか。決して始めて見るわけではないこの状況に、仲裁しようとする気力もない。下手に口を出せば増して面倒なことになるに間違いないのだ。勢いづいた火に息を吹きかけるようなことは避けたかった。
どうせ不毛な言い争いだ。その内、適当な理由で適当に納得し出して、収まるだろうと。ようするに賽を投げたのだが。
「……じゃあさ、こうしようぜ。先に、クラトスにキスできた方が勝ち」
中途半端に開かれたままの頁をめくろうとした指先が、ぴたりと硬直する。「受けて立ってやろうじゃないの」などと口にするゼロスの言葉を拾いつつ、先ほどのロイドの発言を脳裏で繰り返した。
何故こうなるのか。理解さえ出来ない。
ただひとつ解ることと言えば、彼らには読書の継続をさせるつもりなど微塵にも無いのだろう、ということ。
何より先に体が危険を察知したようだ。

侭、気付けばベランダから外へと降り立っていた。近くの木陰へと身を潜め、ついでに気配も押し殺す。慌てた様子のロイドとゼロスが後を追うようにして下りてきたが、"出て来い"と声を張り上げられたところでそれに従うつもりもない。
このままここでこうしていれば、その内に頭も冷えるだろうと、そう考えた。その間、何もせずにじっとしているのは些か苦痛であるが、…まあ今更だろう。
樹木の幹にもたれかかり、静かに息をつく。穏やかな風が音もなく頬を撫ぜてゆき、それに思わず目を閉じた。

口元。に、やわらかな感触。
目を覚ましたクラトスが真っ先に感じたのは、それこそ眠たくなってしまうような温もりだった。
あまり記憶にないそれに疑問を抱きつつ、重たい瞼を懸命に開ける。
視野に入ってきたのは、顔。
「クラトス」
「………?」
普段より随分と低い声で呼ばれ、小首を傾げた。それを、クラトスの顔を覗き込むようにしているロイドは、不機嫌そうな目で見つめる。"心配したんだぞ"と言われ、クラトスはそこでようやく自分が眠ってしまったらしいことを悟った。
気付けば陽は傾きつつあるようで、吹く風に肌寒さを覚える。眠りに落ちるその寸前まで昼時だったはずなのだが、そう考えると結構長く寝ていたということになる。
目前のロイドは数刻前に比べ落ち着いているようだが、若干疲れているようにも見える。彼はここに隠れていた自分を、こうして見つけるまでずっと探し回っていたのだろうか?
「………すまなかった」
謝る必要性などあまり無いような気もしつつ、結局、謝るのはこちらだ。出来うる限り気を損ねて欲しくない、という考えもある。機嫌が悪い時のロイドは、それを他人に当たったりすることはないが、クラトスとしては理由がなくとも恐ろしく感じてしまうものなのだ。
そしてそれは、テセアラの神子"であった"彼も同じなのだが―――彼は?
「おーいロイド君ー、俺さま流石に疲れちまっ……て、こんなトコに居たのかよ」
果たして噂をすれば何とやら、というやつなのだろうか。丁度良い具合に、向こう側から姿を現してくれた。草むらを掻き分けつつ近寄ってくるゼロスは、やはり何処かむすっとしているようにも見える。
心配をかけたのだろう。それが沁みてくる程によく分かった。そもそも彼らは、それぞれに素直でない部分が多かれ少なかれあるものの、根はとても優しい。忽然と姿をくらませば、文句を言いつつ心配してくれない訳がないのだ。
こちらとて、わざとではない。一瞬、気が緩んだその隙に眠り込んでしまっただけだ。そう言い訳を述べればまた、彼らは文句を言いつつ許してくれるのだろう。
ただ、何よりもクラトス自身が、ひどく悪いことをしたような気になった。
「……詫びる」
ぽつりと呟きながら、先ずロイドへと腕を伸ばした。目を丸め、ぽかんとしているロイドへと上体を寄せ、その口にそうっと口付ける。感触はやわらかく、目覚める直前のあれのように感じられた。
触れただけでやがて離れ、次にとゼロスに歩み寄る。彼もまた、ロイドのように呆気に取られた顔をしていた。これまた同じような動作で自ら上体を寄せ、同じように口付ける。ひどく気恥ずかしくて堪らなかった。離れながら思うのは、止めておけば良かったという後悔ばかり。不慣れなことをするとこうなるのだなと、学習できたような気さえして。
ただ、それだけ、というわけでもなく。
「………」
「……っ…」
二人並んで、唖然と、似たような表情をして。
そのまま固まっている彼らのその様子に、思わず笑み声を零してしまう。
ロイドとゼロスの二人は、時折、よく似た兄弟のように見えることがあった。他の者はそうでないのだろうが、クラトスには時々、そう映ってしまう。それだけ部分的に似ている箇所があるのだろう。
「……アンタ、ホントずるいね」
「…俺もそう思う」
重たげなため息を吐き出し、愚痴を零していても。
二人のその表情は、先ほどのそれよりも随分とやわらかく、優しい。
ずるいのを受け入れてくれるのはそちらではないか。
クラトスは内心でそう呟きつつ、それを表には出さないようにした。


「―――まあ、勝負は俺の勝ちだぜ。父さんが寝てるとき、キスして起こしたからなー!」
「はあ!? そりゃずるすぎるんじゃねえのロイド君。反則負けでいいでしょ」
「なんでだよ? 自分からして、父さんからもされて、どう考えたって俺の勝ちだろ!」
(………また始まった)
クラトスの少し変わった日々は、平穏に過ぎていく。





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