届くよ花びら



かつて見た、崖より遥かなその下。烈しい雨を受ける赤溜まりが、弾かれながら地上に広がっていく。
痛みを伴い薄白く染まっていく脳裏の中で、はじめに連想したのは"花"。
まるで花びらのように鮮やかに。美しいとさえ思えた。
全てが最早色の無いものと成り果てた後にもそればかりは何時までも赤く。
鮮やかな、花びら。

己の罪に向き合うことも、目を背けることも、何も出来ぬまま時は過ぎ
其の最中で私は、赤い色の花、というのがとても苦手なものとなった。
美しいそれをそうと感じることすらあの瞬間と重なってしまうようで、落ち着けずに。
それは今なお変わることはなく、―――恐らくは永久に。私はこの感覚を忘れることはないのだろう。
若草を踏みしめながら進む木々の間。何処へ行くわけでもなく、同じような場所をさ迷う。木枝の隙間から零れ落ちるような日差しは朝方でありながら暖かい。
雪解けを迎えたばかりの、イセリアの森。
私に残っている記憶が正しいならば。この森の生態に大きな変化がなければ。…または、その両方。
それならば、この辺りにあるはずなのだ。



レネゲードに借りたままのレアバードを使って、それなりに久しぶりに帰ってきた家の中には親父しかいなかった。
クラトスは、朝に出かけたきり帰っていないという。もう昼時なのに。
何処へ行ったのかは親父にも心当たりがないらしく、それだから大人しく此処で待ってろと言われたけど
どうしてもそんな気になれなくて、探してくる、と家を出た。
「…ロイド?」
そのままの勢いで細い川の上に掛けられた板を渡ろうとした時。あの、低い声が耳の中まで届いてきて。
背後からのそれに慌てて引き返し、辺りを見渡した。
「あれ…其処にいたのか?」
母さんの墓の、その目前。そこに立っていたらしいクラトスが、驚いたような顔で俺を見ている。でも、俺もきっと似たような顔をしているに違いなかった。だって、ついさっきまではそこに居なかったはずなんだから。
声を掛けながら走り寄る。よくよく見てみると、そいつの格好は結構おかしなことになっていた。
「何処に居たんだよ」
「……森の中に」
せっかくのきれいな髪の毛も少し乱れてて。紺色っぽい服のあちこちにちいさな葉っぱがついたりしている。
「森の中って…何しに、」
横から、相変わらず邪魔そうな前髪に隠れがちな顔を覗き込もうとして
そいつの手にあるらしい色が、目の中に入り込んできた。
尋ねようとした口を閉じて慌ててその手を取る。鮮やかな赤い色。―――血かと、思ったけど。
「花?」
見ようによってはつぼみのようにも見えなくは無い、そんな花がふたつ。
クラトスの手のひらにそうっと握られている。
濃いほどの赤、とまではいかない。明るい色をした赤い花。
とてもきれいだ。
「それ、取ってきたのか?」
「…ああ」
答えながら母さんの方を見る。その横顔は髪が邪魔で見えないけど。
「アンナはこれが好きだったなと、…そう思って、な」
声色は何処か寂しそうで、それでいてすごく優しくて。こっちの胸の中が、ずきりと痛くなる。
どう声を掛けていいのかすら分からなくなった。
けれど。
「……なあ、それさ。一つ貸してくれよ」
そう言って片手を伸ばしてみると、案外すぐに、俺の手のひらの中にそのひとつが置かれた。
茎の部分をそうっと握りつつ、母さんのそばで片膝をつくようにして屈む。
見せるように、静かにかざした。
「母さん。クラ……あ、じゃなくて…父さんが。髪ぼさぼさにしながらこれ、持ってきてくれたぜ」
「っ…?」
笑いながら語りかけると、ふいに風がふわりと吹き抜けていって
その中で、何となく――――聞き覚えがあるような、やさしい声がしたような気がした。
「アンナ…?」
ぽつりとひとり言のように呟かれたそれにこっそり笑う。
小さく、息をついた。
やわらかな日差しがとてもあたたかい。

………………………………
花のイメージはチューリップ(赤)。





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