進みゆく



全く後悔などない、そう言えば嘘になる。自分が目指したもの、それに誤りなどなかったと、今は言える。
それでも。出来ることならば、彼にだって。ミトスにだって、生きていて欲しかった。ひとつへと戻り、そうして進んでゆくこれからの世界を見ていてほしかった。
―――手に握る剣がその体を貫く、その瞬間の感覚、音。間近で見た少年の表情はゾッとする程に穏やかだった。憶えている。忘れることもないだろう。間違いだったとは言わない。ただ、解り合いたかった。互いに、互いが、此処で生きていていいのだと。…今更すぎるだろうか。
そうしてため息をつくロイドを、背後のクラトスが訝しげに見つめる。近寄ろうとして、戸惑い、その末に彼は声をかけた。
「…どうしたのだ?」
それに振り返ったロイドが何でもないと曖昧に笑むものだから、クラトスの疑問はなおさら深まる。彼は暫くの間、考え込むような仕草を見せ、やがて口を開き――けれどもすぐさまにそれを閉じてしまった。
「……無理はするなよ」
彼は、何かしらの言葉を呑み込んだのだろう。そして、僅かな沈黙を挟みながら呟くように言い、ロイドへとやさしく笑んだのだ。

ロイドにとってクラトスは、その記憶と心に深く深く刻みついた存在だった。剣術を教えてくれた師であり、薄青色の羽根をひろげた裏切り者。四千年以上を生きた哀しい"人間"であり、血の繋がった実の父親。
家族愛をも超えた、愛しいひと。

気遣うクラトスのあの笑みを目に、ロイドの胸はひどく高鳴った。ああして彼は時折、とてもやさしい微笑みを浮かべる時がある。それはいつでも唐突で、きれいだった。それを目にするその度に、ロイドは硬直してどきりと胸内を鳴らすのだ。
寒空の下、たったひとり。想い出しては、静かに目を閉じる。
それが恋だった。――それこそ、恋だった。
愛してしまったのだと、彼に言えれば良かった。

瞼を閉じて立ち止まっていたロイドが、やがて再び歩み出す。焦茶色の瞳でしっかりと前を見た。目指す場所はまだ遠い。
後悔なら山ほどある。けれどそれを手にして生きていくのだろう。かつてはミトスが目指し、そして見れなかった世界。
自分が、仲間たちが、義父が、母が。この空の向こう側、その何処かできっと生きている父が、望んだ世界。
今は夢のようなそれを現実へと変える。いづれそれを遠い未来の誰かへと繋ごう。
「父さん、……クラトス」
呼びかける声に返事はなくとも、耳を澄ませばとくりとくりと心音を聴く。それは紛れもなくロイドのものであり、母と父のそれが流れ廻っている、確かな証なのだ。
恋を抱いたそのひとは遠くへ行ってしまったけれど、いつまでだって共に居れるような気がした。
そうしてロイドは生きてゆくのだろう。
後悔を両手に握りしめながら、前へ。





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