花よりきみ



行きたいところがあるから、一緒に来てくれ、と。
慌しく帰ってくるなりロイドは、やわらかな日差しがあたるベランダで本を読んでいたクラトスのその手を取った。
「あっち行ったりこっち行ったり落ちつかねえな、おめえは」
わけも分からず引き摺られるがままのクラトスの耳に届く、笑みを含んだ声。
「親父! 行ってくるぜ!」
「おう、気をつけてな」
ひらひらと手を振るダイクに反応する暇すらない。もつれそうになる両足を正すことに意識のすべてをさらわれた。
ロイドに連れられ外へと出たクラトスが、先ず目にしたのは透き通るような空。
果てのない青に、目を奪われる。

ロイドの操縦するレアバードの後ろ側に乗っかり、見惚れた青の中を駆けてまわる。
何処へ行き、何をするのか。何一つ説明することもなく、ロイドはずっと無言だった。それだから、クラトスも無言でいる。
機嫌が悪くて黙っているなら問題だが、そうでないことは何となく分かった。機嫌が悪いときのロイドの雰囲気には、近寄りがたいものがある。
今はそれが何処にもない。
「………」
久しぶりに触れるわが子の背は、記憶していたものよりも遥かに成長していた。
おじおじとその体に腕を回し、背中にそっと片耳をあてる。風を切り裂く鋭い音の最中でも、彼の鼓動ははっきりと耳に入り込んだ。
「寒くないか?」
前方からの声に首を振る。回した腕に力をこめて、「落ちそうだ」と呟いた。
くす、とロイドは笑う。
「もう着くからな」
その言葉と共に、降下していく。思わず細めた視野の中に、淡い色を見たような気がした。


巨大な樹木の幾つもの枝から、淡い桃色の花びらが揺れ落ちていく。
一足先にレアバードを下りたロイドは、ぼんやりと桃色が散り行く様子を眺めるクラトスへ手を差し伸べた。
それに気付いたクラトスが戸惑いながら手を取る様子を、ロイドは微笑みながら見つめる。そうして重ねられた白い手をゆっくりと引いた。
「クラトスは此処、来たことなかったよな。まあ、知ってる場所かもしれないけど」
でも、綺麗だったから。そう言い、クラトスの手を掴んだまま歩み出す。樹木の下にまで近寄って、そっとそれを仰ぎ見た。
「…思い出すよ。世界を救うためにみんなと一緒に駆け回ってたときのこと。ここに始めて来たときも、アスカに会うためだった」
この木がこんなに綺麗になるってこと、あの時は考えもしなかったよ。必死だったんだなって…今になると、自分でもびっくりする。
笑いながら話すロイドの横顔を、クラトスはただじっと見つめていた。随分と大人びた横顔だと感じる―――手を伸ばせば届くだろう、それでも、遠い。
世界統一を成し遂げたあの日から、三年。
共にしていた仲間たちはそれぞれを歩み、ロイドは散り散りのエクスフィアを回収する、そのための旅をひとりで続けている―――。
「なあ、クラトス」
呼ばれたことにはっとし、クラトスは顔を上げる。ロイドの、細められた瞳と目が合った。
「あんたの体調がもう少し良くなったらさ…色んなところ見て回ろうぜ。これは、春。夏にはまたキレイな場所があって…、秋にも冬にも、あるんだよ。だけど、ひとりで見ててもなあっていつも思うんだ」
「……ひとりで行かなければいいのではないのか?」
「だからあんたを誘ってるんだろ」
苦笑いを零すロイドの顔を、クラトスはひどく不思議な目で見る。なんでわかんないんだよ、とため息をついて、ロイドはクラトスと向き合った。
「誰か、じゃだめなんだ。あんたと一緒に行きたいんだよ」
そうして気恥ずかしげに視線を彷徨わせるロイドを、クラトスはただただ黙って見つめていた。
自らの頬が段々と熱を帯びていくのに気付き、隠すように俯く。

――――鼓動が、うるさいほどに、早い。このまま破裂でもしてしまうのではないかとさえ思えてしまう。
ロイドのその言葉ばかりが頭の中をまわっている。真っ直ぐだった、真剣そのものの瞳を思い出し、なおさら顔を上げれない。
「………ロイド」
この気恥ずかしさと緊張は何処から来るものなのだろうと考えた。嫌ではない、むしろその真逆であって―――。
そろりそろりと腕を伸ばし、ロイドの肩に触れる。意を決し顔を上げた先に、不思議そうなロイドの表情があった。
触れた肩に手をつき、ロイドとの距離を詰める。随分と伸びた身長、それすら愛おしかった。そう経たぬうちにロイドは、自分を完全に超えてゆくのだろうと。
誇らしかった―――。
「……あ、」
互いの鼻先があたるような距離。目を見開いて固まるロイドの瞳にはっと我に返った。
……わたし、は、今…なにを。
言葉にすらなっていない声を上げながら離れようとするクラトスを、ロイドの手のひらが押し留めた。
弁明しようにもそれらしい言い訳などなく、声すら詰まって出てこない。
「クラトス…」
嬉しそうに笑うロイドに、随分と居た堪れない気分になった。
穴があるならば入りたい。切実に。
「もう一回やって、今の」
「…嫌だ」
「すごくかわいかった」
「………」
俯くクラトスの手が震えている。らしくないな…と笑って、ロイドは俯いたままのクラトスの顔を覗き込んだ。
触れ合うだけのそれにすら、クラトスの心中は高鳴る。……そしてそれは、ロイドの中にも、存在する感情のようだった。


「もういっそのことさ、このまま一緒に旅しようぜ。お姫様抱っこで頑張るから」
「断る。……はやく良くなるよう、努力しよう」
「じゃあ、飯もちゃんと食うんだぞ」
「………努力しよう」




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