眠れぬ君のため



虫のなく声が静かな部屋をこだましてまわる。
ロイドは自分の体温により暖まったシーツに包まり、夢と現の間をさまよう。浮上した意識を沈めては浮かばせて。
人の気配に、目が覚めた。
何度睡魔に負けそうになろうとも、誰かのかすかな気配がロイドを呼び寄せる。
うとうとと浮き沈みする意識が、やがて完全なる覚醒へと向かいゆく頃。
その気配が、ロイドの父であり恋人である人物のものであることにふと気づいた。
目を開け、ベッドの上に横たわったまま、そうっと背後へと振り向く。
薄暗い部屋の中、こちらに背を向ける形で隣のベッドに座っている…その後姿は間違えようもなくクラトスだ。
彼は、明かりすら点けずに、カーテンの開かれた窓の向こうを眺めているようだった。
鳶色の髪がさらりと揺れる。どうやら窓のガラス戸も開いているらしい。
虫声が聞こえてくるだけで、他にはなにもなかった。窓の外もここからでは全く見れない。
「クラトス…?」
呼びかけられた彼が、少々驚いた様子でロイドを見た。
こちらへ向けられた顔は、しかし濃い影に隠されて表情まではよく分からない。
「ロイド…起きていたのか?」
「というか、今起きた」
ごろりと転がり、体ごとクラトスの方へ向く。
寝れないのか? と尋ねると、ああ、と短く答えが返された。
「私のことは気にしなくていい。もう少し寝ていろ」
「…うん…」
少しずつ、目が暗闇に慣れていく。落ち着いたやさしい声と共に、クラトスがそっと笑んだのが分かった。
ふいにロイドはコレットのことを思い出す。世界再生のために天使となった彼女は、その過程で、食事も睡眠も不必要になった。
今はもう食べることも寝ることも出来る身体に戻れているが、それでも鮮明に思い出せる『世界再生の旅』は、何よりも彼女が一番苦しんだ旅であった。
生命としての当たり前が、許されぬということ。
永い年月を『天使』として生き続けたクラトスもまた、その一人である。
クラトスは、眠っているときもあるし、出されれば食事だってする。けれどそれは自らが望んでそうしているのみであり、身体が求めているものではない…らしい。
望まなければ寝れぬ、など、普通の命には存在しないものだ。
「なあクラトス」
ロイドが片手でひらひらと手招く。不思議そうに小首を傾げたクラトスが、それでも素直に寄ってくることに、ロイドは何とも言えない嬉しさを感じた。
普通とは違うということがどれほどつらいものなのか。それは分からないけれど、分からなければそれなりに出来ることもある。とロイドは考えている。
横たわるロイドの目前、クラトスがじっとロイドを見下ろす。敢えて何も言わずに両手を伸ばし、その肩をぐっと掴んだ。
「……ッ!?」
起き上がり、彼の身体をぐっと押す。
息を呑んだクラトスがベッドの上に横たわったのを確認して、ロイドもまたその隣に体を横たえた。
足に中途半端に絡んでいたシーツを手繰り、自分とクラトスの上にかける。
驚いたらしいクラトスが目をぱちくりとさせている傍ら、ロイドはしてやったりと笑みを浮かべた。
「なあ、なんか話しようぜ」
「話し……?」
「うん。なんでもいいからさ」
長い長い夜。吹き込む風がいやに冷たい。
ロイドはクラトスの手のひらをぐっと握り、凍えたそれを温める。
簡単に眠ることすら出来ないこのひとの苦しみを、せめて分かち合おう。
そしてロイドは、訝しげな顔をするクラトスを目に、いっぱいの愛しさを込めた笑顔を浮かべた。
「二人でこうしてれば夜なんてすぐに明けるよ」
それが、眠れぬきみのためにしてやれる、今の自分ができること。




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