タイム・カプセルをきみに



ふわりと風になびく、イセリアの森。葉擦れの音と、二人分の声。さく、さくと、足音が響き渡る。
二人は、この森の麓の村、イセリアで買い物をしていた。今はそれの帰りだ。元から沢山のものを買う予定はなかったし、遠くへ行くわけでもなく、モンスターだって特に手強いものはいない。甘く見なければ、の話だが。
ずんずんと進んでいくロイドの背を眺めながら、クラトスは密かに首を傾げた。疑問は、二つある。一つ目は、何故ロイドが簡単な買い物に自分まで同伴させたのか、ということ。
数日分の食料を買い溜めする、とか、重たいものを持つ、とか、そういう話ならば理解できるだろう。しかし、先ほど上げた通り、今日のこれはそうではない。
買ったものは皆、片手で持っても重さを感じないほどに軽いもので、それは全て前を歩くロイドが持っている。荷物持ち、ということで同伴させられたわけでもない。
否、同伴させられたことが不満なわけではない。クラトスは心中でそう呟き、俯きがちだった顔をくいっと上げる。そして、またロイドを見た。
ただただ、単純な疑問だ。そもそもロイドは、ダイクが鍛冶屋をしているとだけあって、無くなりそうな素材を買いに行くことがよくある。
世界が二つに分かれていた時も、統一された今も、それは変わらないらしい。クラトスが始めてその光景を目にしたのは、世界統一が成された後、なかなか体の具合が良くならない中でだった。
小さな丸い机のその向こう側で、繰り広げられるひとつの親子の形を、朝飯のスープを飲み干しつつ眺めていた。
……「おつかい」。思わずそう思ってしまったことを、クラトスは未だに鮮明に覚えている。
ともあれ、そうして時折ダイクに買出しを頼まれるロイドは、けれど今日まで一度もクラトスを誘ったことがなかった。挨拶は必ずして行ったが、一緒に行こうかとクラトスの方から言っても、どこか恥ずかしげな表情で断られてしまうのだ。
クラトスもそれに納得していた。ロイドももう子供ではない、親と共に行く買出しはつまらないのだろう、と。
実際のロイドの考えはただ単に「子供扱いされたくないから」だったりするのだが、まあ、変なところで疎いクラトスには考え付きもしない話だ。
「……ロイド」
呟くように、クラトスが呼んだ。ロイドはそれにぴたりと立ち止まり、振り向く。
こてんと小首を傾げる母親似の彼を、クラトスはじっと見つめる。彼は今、何処に行こうとしているのか。それが二つ目の疑問である。
ダイクが待つ家の方向と、自分たちが今進んでいる方向は、逆とまではいかないが、違う。
鋭い方向感覚を持っているロイドのことだ。迷っているわけではないことだけは、クラトスも理解しているのだが。
「ダイク殿を待たせているのでは、ないのか?」
それとも、私が何も知らないだけなのか。クラトスは小難しい顔で考える。
投げられた問いかけと、困惑した表情に、くすりとロイドが笑った。そして、時間はかからない、もうすぐだから、と言ってまた歩き出してしまう。
ひらひらと、ロイドの衣服の首周りに取り付けられた、白く細い二つの布の先端が揺れる。それを眺めながらクラトスは、全く纏まらない自らの思考を打ち捨てて、ロイドに続いた。
要するに、考えることが面倒くさくなったのである。


そうして辿り着いたのは、一件のちいさな小屋だった。人が住むためのもの、というよりは、物を収めておくために作ったものなのだろうか。
ひとりで住んでいたという話なら別なのかもしれないが、生活するには些か小さすぎる。クラトスはそう考えて、ぼうっとそれの屋根を見上げた。
「よ…っと」
かたん、と音がする。もう長いこと開かれていたかったのだろうドアは、ぱらぱらと木屑を落としながらゆっくり開いた。
迷いもなくそこへ入り込むロイドに、クラトスが慌てて声をかける。するとロイドは、大丈夫だから、と笑って、クラトスを手招きした。
ひっそりと溜息を吐いたクラトスが、諦めて開かれっぱなしのドアへと近づく。それを潜り抜け、まず先にロイドの姿を探した。
意外と広く、汚れてもいない室内の片隅で、ロイドがしゃがみこんでいる。暫くその近辺を見渡していた彼は、不意に「あった」と声を零して、何かに手を伸ばした。
薄暗い部屋の中、ロイドに近づくクラトスが、ひどく見えづらいそれを目を細めて見つめる。
「ここさ、ついこの間見つけたんだけど。なんか、秘密基地だったらしいんだよ」
「………ひみつきち?」
「うん、そう。俺が作ったらしい」
あんま記憶にないんだけどな、と笑った彼は、手にした物体をクラトスにも見えるように掲げた。
それは、ちいさなガラス瓶だ。埋まっていたものなのだろう、中身が見えないくらいに汚れている。
「記憶にはあまりなかったんだけど、此処を見つけたとき、なんかヘンな感じはしたんだ。懐かしい、っていうか。それで小屋の中入って、何となくここら辺を掘ってたんだけど」
そう言って瓶を逆さにした彼は、かさりと微かな音を立てて中身を取り出した。紙、のようだ。ほんの僅かに黄色く変色しているように見える。
それを差し出されて、クラトスは少し戸惑った。ロイドと差し出された紙を交互に見て、それから漸くそれを受け取る。
細く折りたたまれたそれを開いてみると、中にはお世辞にも綺麗だとは言えない、幼い文字が並んでいる。クラトスはそれを、まるで暗号を解読するかのように、読んだ。
ひとつひとつ文字をなぞっていくクラトスを、ロイドが楽しげな顔で見つめている。
「――――……」
「なんて書いてあった?」
暫くして、クラトスの動きがぴたりと止まった。何かを考え込んでいるかのようなそれに、ロイドが悪戯に問いかける。
彼は、黙ったまま動かない。仕方ないなあと笑みを深めたロイドが、引っ手繰るようにしてクラトスに渡した紙を取り、それを読み上げた。
「ここをみつけたひとは、ふーふになれます。ついでにねがいもかないます。……だって」
「…ああ…そうだな。そう書かれているな…」
「俺たちが一番乗りだぜ、多分。まあ、俺が一回ひとりで来ちゃったけど」
かさかさとそれを折りたたみながら、ロイドは笑う。子供にも公認されちゃったな、と嬉しそうな彼を目にして、クラトスは俯いてしまった。よく目を凝らしてみると、鳶色の髪からこっそり覗く耳がほんのりと赤いのが分かる。
照れている時のクラトスは、なにも言わない。石のように黙り込んで、目さえ合わせようとしない。それすらこのひとの可愛いところだと、こっそりロイドは思った。
ひどく上機嫌なロイドが、瓶を床に置いて、腰に下げていたアイテム袋をごそりと探る。そしてその中から先ほど買った紙とペンを取り出した。
俯かせていた顔をそっと上げて微かに首を傾げるクラトスを他所に、手のひらの上にそっと紙を置いた彼は、そのまま器用に文字を書く。
これまた世辞でも上手いとは言えない字だが、本人は特にそれを気にする様子もない。
さらさらとペンの先を滑らせて、不意にぴたりとその手を止める。確認するかのように書き連ねた文字を眺め、暫くしてその紙を細く折りたたんだ。
そうしてそれを瓶の中に入れて、ついでのように黄ばんだ『過去からの手紙』も、その中に入れた。
「はい。次、クラトス」
「………?」
「願い事。せっかくなんだからさ、願っておこうぜ」
一枚の紙とペンを渡され、それを受け取りながらクラトスは、ああそうか、と漸く納得するに至った。
ロイドが自分を買出しに同伴させたことも、真っ直ぐ家に帰らずに此処まで来たことも、偶然見つけたらしい此処に、自分を連れて来た理由も。何となく、ではあるのだが。
微かに笑みを浮かべて、クラトスはこくりと頷いた。何を願おうか、と考えて、じっとロイドの姿を見つめる。
―――浮かんだ、願いは。


「……なあ、クラトス」
「何だ?」
「アンタ、何書いたんだ?」
ふわりと風になびく、森の中。並んで歩く二人の、足音が響き渡る。問いかけに、クラトスは暫く黙り込んで、そして悪戯な笑みを浮かべた。
「内緒だ」
ええ、と上がる不満の声に気を良くしつつ、続ける。「お前は何を願ったのだ? それを聞いてから考える」。ずるい、とまた声が上がった。
「俺は、アンタとずっといれますようにって。そう書いたぞ」
少しばかり頬を赤くしたロイドが、観念したように呟いた。素直に言うことを聞くとは思っていなかったクラトスが、目を見開く。…アンタは違うのかよ。とでも言いたげな拗ねた子供の目でクラトスを睨むので、クラトスはそれにくすりと笑い声を零した。
今は気分が良いから、などと自分に言い訳をして、ロイドの耳元に唇を寄せる。
「お前の願いが、叶う様に願った」
ぴたっとロイドが固まる。想定していなかった言葉にひどく動揺しているようだ。クラトスも、今更になって恥ずかしくなったのか、何も言わない。
空間が、無音になる。立ち止まったふたりを、心地良く、温かい沈黙が包んでいた。




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