弐、【代り映えなどしない朝】 





大概、朝から其処は物騒の一言に尽きる。




夜も明けて間もない時刻、ようやく鳥が囀るか囀らないか、そんな頃に慌ただしく走る人物が一人。

比較的小柄な体躯が、全体が灰白色の石でできた無機質な造りの館内を迷う事無く突き進む。
まだ顔に幼さの残る、年の頃は二十歳になるかならないかの青年。
黒髪に眼鏡を頭に乗せて、一瞬少女かと思うほどの見目麗しい顔は今現在あまり表情はない。
腕に何束かの資料らしき紙を抱え、その身は漆黒の折り目正しい洋装で固められいる。
それに倣うように背筋は伸び、足音と歩幅は規則正しく一定の間隔を保っていた。


しばらくそうして進むうちに青年はある一室の前で立ち止まると、間髪入れずに勢い良く扉を押し開いた。


「副長」


蝶番の出した金属の嫌な音を無視して青年は遠慮なく室内に歩を進める。
元々通りやすい高い声のせいか、大して大きく出さすとも青年の声は部屋に響いた。


「ノックぐらいして入れ」


青年の一連の動作を受けて、部屋の主が声を発した。

部屋に入るとまず目に入る重厚な造りの机。
その奥に鎮座するのが声の主。

長く煌めく銀の髪をきっちり一つに束ね、青年以上に寸分の隙もなく漆黒の洋装を身に纏っている。
その顔の造形は青年が愛らしさを称えるならば、その人物はまさに美と言うに相応しきもの。
白雪の肌、翡翠の瞳、桜貝の唇、ひそめられる形の良い眉すらその美を損なうことはない。
男女の境を超えた美を備える彼の人は、神の息吹きを吹き込まれた芸術品だと称する者さえいる。

だが、口を開けば聞こえてくるのは他人が聞けば十中八九機嫌が悪いだろうと察する声音。
やたら刺を含む語感。
そして何より部屋に入ってすぐに感じる殺気とも威圧ともとれる部屋の主が発する雰囲気。

普通ならば二の句を継げない空気が重くのし掛かる状態だが、青年はそのようなことを歯牙にもかけず言葉を返す。


「んなこと気にするタマじゃないでしょう。今更硝子細工の心の臓なんて言っても信じてくれませんよ」

「心情の問題じゃねぇんだよ、礼節だ、礼節」


部屋の主は青年の返しに半ば呆れたように溜め息を吐く。


「じゃあ気が向いたら気を付けます。
それにしてもいつ本部にまた戻ってきたんですか?早番の交替も済んでない時刻に。
帰ったのついさっきでしょう」

そんなに仕事が好きって仕事が恋人ですか?と、やる気があるのか疑わしい発言と共に青年は部屋の主に先程からの疑問を問うた。


「園衞(ソノエ)、手前ぇ一遍三途の川渡りてぇか?」

「後百五十年先くらいまで遠慮しときます」

「ああ?どんだけ長生きしてぇんだよ」

「夢は老衰ですから」


いけしゃあしゃあと言ってのけ、園衞と呼ばれた青年は持っていた紙束を部屋の主に突き出した。


「これ、今日未明のテロの状況報告書です。史長に見せる分だけ作っときました。後は追い追い水崎辺りに作らせますんで。
まあ仕事も程々にして下さいね。その銀髪、本当に白髪になりますよ、夕美(ユウミ)副長」


園衞の前に座る美貌の上司は眉間に更なる皺を刻みその報告書を受け取った。
軽く中身を確認し、自分の手元にある書類と照らし合わせる。
素早くその作業を終えると夕美と呼ばれた部屋の主は同じく漆黒の外套(コート)を羽織った。


「いるだけ全員集めろ。早番の奴も帰すな」

「わぁ、鬼の台詞ですね」

「文句なら面倒臭ぇ馬鹿騒ぎ引き起こすテロリストに言え」


園衞に負けず劣らす蝶番を破壊しそうな勢いで扉を開け放つと颯爽と歩きだした。






此処は瑞穂国(みずほのくに)、帝都・西京。
帝都に建つ真新しい灰白の石造りの洋館はこの国の守護の一角をなす特殊武装警護隊『洛叉監史(らくさかんし)』総本部。

そしてそこに一室をあてがわれているのは、外見と内面の落差著しい銀髪の副史長・夕美紅(ユウミ コウ)大佐。
その落差をものともせず、可愛らしい外見とは裏腹に口の悪さなら引けをとらないのが第一分隊隊長・生田園衞(イクタ ソノエ)少佐。

二人は今日未明に起きた爆発テロの調査の為に、ようやく明け切った朝の空の下を歩みだした。



【了】 


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