十三、【黒の戒律 一】 






暗がりの中でガス灯が飛び飛びに灯り、黒く染まった灰白の廊下を淡く橙に塗り替える。
真夜中の廊下に硬質の軍靴の音が響く。
規則正しく、乱れなど一切なく、その音は静かな空間を切り裂くように突き進む。
音は二つ。
それに紛れ、微かに衣擦れと鞘の乾いた摩擦音が耳に届いた。


「状況は?」

「円鵠楼付近で不審者数人確認。内一人が木津宮中佐の監査の情報に該当、現在追跡中です」


足早に進む二つの音の主は紅と水崎。
先に声を発したのは紅。
いつもより低い位置で結ばれた銀髪を揺らしながら、視線を真っすぐ前に見据えて報告される内容を聞く。
水崎はその半歩後ろで走り書きのされた紙切れを見ながら紅に従う。


「紅いド派手な着物の呆気(うつけ)か」


不機嫌極まりないといった具合に眉間に皺を寄せて紅は呟いた。


「現在第一、第三分隊は既に待機中です。如何なさいますか?」

「そのまま待機させておいてくれ。様子見は己が行ってくる」


白い手袋をはめた手が愛刀夜須千代を握り締める。
黒い柄を握るその手が擦れて微かにぎちぎちと音を立てた。


「お一人でですか?!」


歩みを緩める事無く進む紅に水崎は声を上げて追い縋った。


「せめて隊史を二人、いいえ一人でもいいですから付けて下さい!只でさえ副長は」

「呼び付ける時間が惜しい。
いたところで邪魔になるだけだ」


歩幅も歩速も違う紅に何とかついていきながら抗議する水崎を紅は二言で刎ね除ける。
困ったというより納得いかない面持ちで眉をひそめる水崎だが、結局は折れてそのまま先のやり取りを継いだ。



「……分かりました。他の分隊への連絡は?」

「今待機している隊史以外は隊長だけでいい。頼さんにも連絡だけは」


指示を仰ぐ水崎に顔を向けたその瞬間、



 ドォォオオオンッ!!




背後に感じた白雷の閃光。
一瞬にして眼に痛々しい白に染まる視界。
同時に唸るような爆音と衝撃が建物を全方向から揺さ振りかける。
空気が揺れ、ガス灯の明かりに石材の欠片と塵芥がばらばらと降り掛かる。
意図せず足が止まる。
驚いて水崎は咄嗟に窓の方向に顔を向けようとした。
しかし、その前に眼の端に銀が躍る。
思わずつられて眼が銀を追った。



「水崎!全隊史に連絡だ!第一、第三分隊をすぐ動かせ!!」


捉えた銀は既に走り去る紅となって黒に戻った廊下に吸い込まれていた。

突き刺すように響く跫音。
未だ舞う白の破片。
飲み込まれる銀の髪束。



「副長っ!!」

「さっさと行きやがれ!!」


水崎の呼び掛けに止まらず怒号を浴びせて紅は疾風のごとく駆け抜けた。






「 ── 副長、お気を付けて……」


持っていた紙を握り締め、水崎も反対方向に駆け出した。



【続】 


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