Act.06 これが愛なのか
「なまえ、今日も幸村くんと帰んないの?」
「うん」
「つまんない! 本当に付き合ってんの?」
「うん」
「てか、なまえってテニス部の練習見たことないんじゃない?」
「うん」
「ありえん! どんだけ興味ないの、アンタ」
帰るためにドアに手をかけた私はため息をついた。正直うざい。
ここ最近は毎日精市と昼食を食べていたけど、今日は珍しく一緒じゃなかった。学校以外私たちは基本的に連絡を取らないし、最近は精市もわざわざ私のクラスに来ない。昼休みが唯一話せる時間なのに精市からいつもの連絡はなかった。気になって精市のクラスにも行ったけど、彼の姿は見えず。学校には居るらしいのに、メールもないし。
私、なんかしたかな。それとも、何かあったのかな。
かと言って。練習まで見に行ってまでそれを問うつもりもない。どうせ私たちは偽物なんだし。毎日話してるんだから、今日はたまたま話がなかっただけのことかもしれない。
悶々と回転する頭は、気が付くと最近精市のことばかりだ。冷静になって考えてみると私は精市の魔法にかかりかけなのかもしれない。私らしくもないや。
「ねえねえ、なまえ」
友達が満面の笑みで私の手を取った。
「何?」
「練習見に行こ!」
「は?」
他の友達も揃って私の周りを囲み、私の腕を取って走り出した。
◇
「ほら、なまえ。ボケっとすんな!」
「そうだよ! 女の勝負ははじまってるんだから!」
何の勝負だ。と、心の中でつぶやく。
私の予想を遥かに上回る見学の女の子たち、それに声援なのか叫んでいるのかわからないほどアグレッシブな彼女たちに、なかば私は呆れていた。
というか、人がいすぎて何も見えない。精市が居るのかどうかすらわからない。
「見えないし、帰るわ」
「ちょ、待って! あ、ほら! アンタの彼氏来たよ!」
「なまえに気付いたんじゃない?」
「うそ……?」
帰ろうと出していた足を引っこめて、くるりと回転するとそこには精市がほほ笑みながらこちらに近付いてきていた。
その歩みが近づくたび、黄色い声援が飛ぶ。そして、私への視線も強くなる。
「やあ、なまえが見学してくれるなんて、俺、嬉しいよ」
「え、ああ、そう……」
「今日は昼休み話せなかったんだし、休憩のとき話そうか」
「うん、そうだね」
「じゃあ俺は練習に戻るから」
友達の視線はニヤニヤと。他は嫉妬の痛々しい視線。自意識過剰と言われてもいい。その視線は文字通り刺さるように降りかかる。
練習を抜けてまで来て私に言うことは、結局、映子さんの話を休憩のときにしようと誘うことだったのか。いや、別に今さらそれ以外を期待しているわけでもないけど。あいかわらず精市の一途さには負ける。
「アンタらって、いっつも何の話してるわけ?」
「……秘密」
「すっかり乙女じゃん! ……あ、仁王もいるよ!」
友達の質問に答えられるはずもなく、私はグラウンドに視線を向ける。精市が来たおかげで、女の子たちがバラバラになり見えやすくなったグラウンドの、ちょうど私の目線、一直線上に仁王がいた。
『幸村と付き合うのはやめろ』
仁王の言葉を思い出して、私は思わず首を振って考えないようにする。もう私は決めたんだ。精市に付き合うって。
あれから同じクラスでありながら仁王とは話をしていない。まだ仁王に私の意志は言ってなかったけど、さっき精市が来たことがその答えだと思って欲しい。
だから、私の友達の名前を呼びながら、笑って手を振る仁王のことを、寂しいと思ってはいけないんだ。
◇
丸井が『幸村くん、休憩にしようぜ!俺、もうダメ!』とへばったことにより、テニス部は休憩になった。
みんなドリンクを飲んだりしているなか、精市は汗ひとつかかずに涼しい顔で、約束通り私のもとに来る。すると、かなり強い力で私の腕を掴み、強引に連れ出した。
「待ってる間、暑かったでしょ? 日陰に行こうよ」
その優しい言葉とは裏腹に、態度がちぐはぐで釣り合わない。元彼からうけていた暴力を思い出して恐くなった。
「精市、ちょっと痛い」
「うるさいな」
「精市」
「うるさいって言ってるだろ、静かにしてくれない?」
なに、それ。
私が気付かぬうちに、傷つけてしまったのだろうか。黙って話だけを聞いて付き合ってきたつもりだったのに、至らないところがあったのか。
私は息苦しささえ感じながら、精市に強く手を引かれ続けた。
◇
腕が解放されたのは、人気もない部室棟の裏だった。
さすがに運動部だけあって、足が速い。息も絶え絶えに私は精市に恐る恐る話しかける。
「精市。私、何かした?」
「なまえはさ」
精市も呼吸が荒い。きつく睨みながら彼は言う。
「なまえは俺を受け入れてくれるよね?」
人をも殺してしまいそうな鋭い視線。肯定しなければならないのに、固まって動けない。
「どういう意味?」
「言ってたじゃないか。仁王に別れろって言われたって。それでも、なまえは俺を選んでくれるんでしょ?」
じりじりと私に逃げ場を与えないように迫る。私は後ずさりしながら精市に言う。
「どうしたの」
「答えろよ!」
精市が私を壁に押し付けて、笑う。悲しいのか、苦しいのか、よくわからない顔で。息が出来ない。
「そ、そうだよ」
「なのにお前の……」
私の、何。精市はそう言ったきり俯いて口を閉ざす。その先が気になるのに聞いてはいけない気がした。私はただぎゅっと唇を噛んで精市の次の言葉を待つ。
これが仁王が言っていた精市と付き合い続けると傷つくってことなの? 次の行動や言葉がどういうふうに刺さるのか私には一切予想できない。
そのとき、私の肩にそれは落ちてきた。
一瞬、何が起こったか分からなかった。目の前にいたはずの彼は私の肩に頭を預け小さく震えている。今まで見たことのない気弱な精市は私にはひどいくらい小さく見えた。
「映子みたいに俺を苦しませないよね? アイツみたいに俺といるときに違う奴の名前なんか呼ばないよね? 俺とヤってるのに、他の奴の。なまえは違うだろ? ねえ、なまえ」
この一言ですべてを把握することができた。
そんなことをされても一途に映子さんを想い続ける精市には、それを上回るほどの感情があるんだ。あんなに話した幸せな話だけをかかえているんじゃない。当たり前だ。その幸せの分、もしくはそれ以上の切ない出来事も多いだろうに、それでも想ってるなんて。
頷きながら彼の背中に腕を回すと、私も涙が出た。同情かどうかなんて、どうでもよかった。
「なまえのこと、好きだったらよかった」
「ばか」
「もう、壊したいよ」
胸が張り裂けそうなほど切ない。
そんなの壊しちゃえばいいじゃん。本当に私のところに来ればいいじゃん。……なんて。そんなこと言えない。私はより一層力を込めて精市を抱きしめた。
「なまえ、苦しいよ」
「……」
「はは、なまえが泣くことないじゃん」
「そうだよね、なんで泣いてんだろうね」
私は精市のことを、自分でも気付かぬうちに愛しく感じているのかも知れない。今はそれを私の涙の理由にしよう。
もうすぐ休憩時間が終わる。私は精市を離して諭すように話した。
「私は、ずっと精市の傍にいるよ」
これが私の精いっぱいの強がり。傍から見た人はこれを同情と呼ぶのだろう。仁王にも言われた。
でも、私傷ついてもいいや。
精市を支えてあげたい。見返りなんて欲しくない。報われなくていい。ただ、精市が幸せになるまで、一緒にいたいだけなんだ。
これって愛なのかな。
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