Act.04 見返りを求めないこと


 精市の計画が読めた。

 私たちが付き合っていることにすれば、私たちが一緒にいてもなんら不思議じゃない。ましてや、精市の影響力はすごい。『なまえに手出ししないで』とかなんとか言っておけば、私に害はないだろう。そしてそんなことができるのは彼氏彼女の関係がないと成立しない。

 だからって、普通私に許可取らずにそんなことする奴がいるのか。名前呼びに変えたのだって、付き合っていることに信憑性を持たせるためのフェイクだろうし、偽物でも彼女がいれば精市に寄ってくる女子は格段に減るだろう。

 たまたま昨日あんな場面を見ただけなのに、精市にとっての都合のいい女に選ばれた気がする。


「なまえ、昼間に告られたんでしょ?」
「あのDV男と別れられたのも、幸村くんのおかげらしいじゃん」
「あんたが幸せになって、ウチらマジ嬉しいから! あ、ついでにテニス部のイケメン紹介してって言って!」


 なんら矛盾は見つからない。私たちは一瞬にして学校公認カップルになった。非常に不本意ながら。


 そして、非常に引っかかる点がもう一つある。それは斜め前に座る仁王雅治だった。







「まさか、お前らがな」


 精市に固く握られた手は、振り払おうとしても無理だった。

 仁王はよく読みとれない表情で笑みを含んだ言い方でそう言う。丸井に至っては、目を丸くしたまま動かない。


「まあ、ね。暖かい目でよろしく」


 へらへらと横で笑う精市をよそに、仁王は心底嫌そうな顔をしてうつむいた。

 周りはざわついて、遠くのほうでは泣きだす子もいた。せめて私が前から精市のこと好きとかだったら有頂天なんだけど、その泣いている子に申し訳ない気持ちと、変わってやりたい気持ちでいっぱいになってしまう。


「幸村」
「ん?」
「お前、それでええんじゃな」
「はは。うん、全然オッケー」
「なら、俺から言うことは別に何もない。もう行くぜよ、丸井」
「お、おう」


『それでええんじゃな』


 その仁王の一言にどんな裏があるかはわからない。だからこそ、幸村精市のニセ彼女になった今、その言葉が気になって仕方ない。


 私は午後からの授業の間、斜め前の仁王をじっと見ていた。






 いろいろあって長く感じた今日も、もう下校時間になった。

 昼間にアドレスを交換した精市から『今日からなまえは一応俺の彼女だけど、別に練習終わるまで待ってろとか言わないから。また明日ね』とメールがきていたので有り難く帰ることにした。

 みんなにはどうして一緒に帰らないのって言われたけど、別に私は一緒だろうがそうじゃなかろうがどうでもいいし。

 きっと私と一緒に帰ると、映子さんに会いにくくなるのだろうと思う。好きな人には誤解されたくないだろうし、そこは私も空気を読もう。



「ただいまー」
「おかえり、なまえ!」
「わ、お姉ちゃん!」


 ドアを開けると、お姉ちゃんが居た。

 バリバリのキャリアウーマンだった姉も、先日結婚したばっかりで、今はすっかり専業主婦。そんなお姉ちゃんがなんで家に、などいろいろ思ったが、逆にお姉ちゃんに顔の怪我のことを聞かれて、慌ててかわした。


「か、帰るって言ってたっけ!? どうかした?」
「今日ね、母さんに料理習いに来たの」
「そうなんだ。お姉ちゃん、料理下手だもんね」
「何? なんか言った?」
「ううん、別に……」
「あら、なまえ。おかえり」
「ただいま、お母さん」


 かすかにキッチンからいい匂いがする。お姉ちゃんとお母さんで作ったのかな。

 私は、お姉ちゃんがいる環境が久しぶりでちょっと嬉しくなった。お母さんもお父さんも口には出さないが、お姉ちゃんがお嫁に行ってから少し寂しそうにしている。お姉ちゃんが旦那さんと住む家は少し遠かったから余計に。元気そうでなによりだけど。


「そういえば、カメラ屋さんに頼んでた写真出来たのよ。出すわね」
「わー、見たい!」


 写真というのはそのお姉ちゃんの結婚式の写真。私は一通りもう見ていたけど、お姉ちゃんと一緒にアルバムをめくった。

 ウエディングドレスのモデルのような姉に私も早く着たいという憧れを抱く。隣を歩いてくれる男の子募集中のくせに何言ってんだって感じだけど。


「なまえ、彼氏出来た?」


 そんなお姉ちゃんからの質問に、咄嗟に精市が浮かぶ。ないない。私たちは偽物だ。


「いないよ、そんなの」
「じゃあ、好きな子は?」
「いない」
「えー、ずっと前、雨の日になまえを送ってくれた子いたじゃん。あの子は? 格好よかったじゃん!」


 そんなことあったっけ。

 記憶をたどってみると、高2の夏に傘がないからと入れてくれた仁王のことを思い出した。そういえばそんなことあったな。


「……ないわ」
「なまえのウエディングドレス、楽しみにしてるんだからね」


 お姉ちゃんはそう言って笑った。





 夕食後、母さんが回覧板を回しに行ったまま帰ってこないことを考えると、どこかの奥様主催の愚痴大会に参加しているんだなと思う。

 お姉ちゃんがいろいろ持って行けるものがないかと整理しているのをぼうっと眺めていた。気分転換みたいに私の中学のアルバムなんか眺めたりして、話しかけてくるのを適当にあしらう。これから、私はあの姉のように普通に恋愛して結婚出来るのだろうか。ああ見えてモテるからなあ。苦労したことないんだろう。

 ふとさっきの延長線で、仁王について考える。あの言葉の意味って何なんだろう。精市はわかってたみたいだったけど、あの破天荒さを考えると答えは期待できそうにない。


「さっきから難しい顔して、どうしたの?」
「別に?」
「恋愛相談なら、私に任せなよ」
「恋愛じゃないし」
「あっそ」


 背中を反らして、うんと伸びをする。昨日蹴られた脇腹が痛むけど気付かなかったことにしよう。


「お姉ちゃんさ」
「んー?」
「報われない恋愛ってどう思う?」


 昨日までしてた報われない恋愛。精市が今必死になってる報われない恋愛。

 実姉の恋愛観なんてあんまり聞きたくないけど、一応聞くだけ聞いてみた。ただの話題だ。


「難しい質問するなあ、高校生のくせに」
「じゃあ、してもいいかしたくないかで答えてよ」
「そうねぇ」


 さすがにしたいとは答えないだろう。私はあくびを一つして、目を瞑った。


「恋愛は見返りを求めないことが正解だと思う」


 それは精市の答えに似ていて、私には模範解答のように思えた。


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