Act.03 針千本のんだっていい


「おはよう、みょうじさん」

「ねぇ、みょうじさん。次の授業なんなの? ちゃんと教科書持ってる?」

「みょうじさんのクラス、次、体育なんだ!頑張ってね!」


 あー、もう。なんだっていうのだ。


 昨日、偶然に幸村くんに会って、秘密を知ってしまったのはいいが、今日はことあるごとに私の教室に来る彼を若干疎ましく思う。これじゃ、ファンの子に目つけられて面倒事になるのも時間の問題だ。

 すると同じクラスの仁王はそんな私を見て、呆れるように言った。

「俺の知らん間に、随分仲良くなったんじゃな」
「まあ、いろいろあるんだよ」
「いろいろ、か」


 仁王は自分を納得させるようにそれだけ呟く。こいつはこいつで、何を考えてるのか。

 昨日の話に出てきた仁王の『友達』について誰かは知ってしまったものの、それを直接、仁王に問いただす気にはなれなかった。あっちから話すなら別だけど。なんとなく自分の中で幸村くんとの約束を守りたいんだと思う。誰にも言わない、っていう約束を。


「ほら、噂をすればなんとやら」


 仁王が指差した先に立っていたのは、違うクラスのくせに今日、会うのが何度目かわからない幸村精市その人だった。


「みょうじさん、よかったらお昼一緒に食べなない?」
「遠慮します」
「えー、つれないなあ」


 昼休みに突然、現れた幸村くんに私のクラスの女子が沸く。もうすでに何人かには関係を問われた。

 ここで昼食を一緒に取るなんてことになれば、絶対面倒くさいことになるのは目に見えている。絶対パスだ。むしろ同じ部活なんだから仁王とか丸井と食べてください。お願いしますから。


「あ、あのさ、幸村くん。なまえ結構照れ屋だし、2人きりが嫌なんじゃない?」
「ウチらいつもなまえとご飯食べてるんだけど、よかったら一緒にどう?」


 いつもの友達グループが気を使って幸村くんにそう切り出す。……いや、彼女たちの頬が少し紅いところを見ると、一緒にご飯食べたいがための発言に思えるのは私だけだろうか。

 でも、私にとってもそれは好都合だ。変に怪しまれないし。どうしても私と食べたいと言うなら、できればそうしたい。


「遠慮するよ。俺、みょうじさんと2人で食べたいんだ。ちょっと話があってさ」


 だが、そんな期待さえ幸村くんはさらりと断って、私の希望を打ち砕く。友達もこれにはさすがに苦笑い。


「そ、そっか。そうだよね……」


 そして、あからさまに落ち込むな、友人よ。

 というか、話ってなんだろう。私がしゃべってないかどうか、とか?


「せっかくだし話だけ聞くわ。何?」
「そう? じゃあ、行こうか」
「え?」


 幸村くんは私の手を引いて教室を飛び出した。視界の端で友達が手を振っているのが見えた。

 そうだ、幸村精市は破天荒なのだった。








「…」
「まあ、そう怒らないでよ」
「ふん」
「みょうじさんってクールっぽいのに、怒り方、可愛いね」


 幸村くんは購買の袋からジュースのペットボトルを取り出して私に寄こす。


「そりゃ、どーも」


 物で釣られているような気もするが、くれるものならもらっておこう。

 私は話したくなくてそっぽを向いていた。だいたいこんな人気のない旧校舎まで来なくても。よけいに関係がおかしいように思う。


「話って言うのは、もちろん『しゃべってないだろうな?』っていう確認の話じゃないよ」
「……」
「仁王から昨夜、電話があったんだ。『報われない恋はやめろ』って」
「え」
「はじめてだよ、あんなこと言われたの。仁王もどこかで俺と彼女のやり取りを見てたんだろうね」


 俺、結構気をつけてたのになあ、と付け加えて彼は言う。


「まあ、俺はやめる気はないよ。周りに反対された方が燃えるタイプなんだ」
「幸村くんらしいね」
「だろ?」


 胸を張って言う彼に半ば呆れる。そういう逆境で盛り上がる恋のこと、なんて言うんだっけ。このあいだテレビで見た気がするのに。


「話変わるけど、俺、みょうじさんにお願いがあるんだ」


 幸村くんは私に言う。私は怪訝な顔で振り向く。



「俺さ、今の彼女。あ、名前は映子って言うんだけど。もう長い付き合いなんだ。今まで確かに報われない恋をしてきたし、これからもそれは変わらないと思う。でも、俺は見返りを求めてない」
「うん」
「でも、やっぱり俺にも限界はあるよ。誰かに話したり、のろけたり、相談したりしたい。人並みに」


 幸村くんは膝を抱えながら話す。そうか。普段、私たちがしている恋愛話を、彼は自分一人で対処してきたんだ。報われない恋と孤独に付き合ってきたんだろう。そのはけ口のない苦しみは、よっぽど辛いだろうと思った。


「だから、みょうじさん。お願い、俺の話し相手になって」


 もらったジュースに口をつけた。甘いアップルサイダーは、私の好きな味。

 私はあまりにも悲しそうな声と願いにいたたまれなくなり、幸村くんの方に向きなおした。


「昨日のお礼に、ね」


 とっさに昨日、アイツと別れられたのを理由にしたが、あまりに幸村君の切なげな声に、私は折れた。



 それから昼休みが終わるまで幸村くんの話しを聞き続けた。たまりにたまっていたものを、吐き出し続ける彼は、終始笑ったり、いい顔で話し続けた。

 映子さんとは中3のとき病院で知り合ったらしい。私は幸村くんが中等部のころ、しばらく入院していたことを思い出す。
 そのときに会社の同僚の人の見舞いに偶然来ていた映子さんに一目惚れをし、猛アタックしたという話は私の幸村くんのイメージとのギャップが強かった。

 私たちより6つ上のOLさんで、モデルのような可愛い人だと言う。そういえば、この前みたワンピースは後ろ姿だけだったけど、彼女にすごく似合ってた。


「もうこんな時間か」
「まだ話し足りない?」
「あたりまえだよ」


 私も幸村くんの笑顔を見ながら話を聞いている間、暖かい気持ちになっていた。本気で好きなんだ、とにやにやしてしまう。


 旧校舎から教室に戻っている最中に何人かに視線を向けられた。そう言えば、幸村くんのファンの存在を忘れてた。

 昼休み一緒にいたというだけでも、嫌がらせをされる恰好のネタになるだろう。面倒だ。そういう関係じゃないのに。

 幸村くんにそれを言うと彼は相変わらず、前だけを見据え話す。


「ああ、それなら俺が手を打つよ。なんなら指切りして針千本飲んだっていい」
「すごい自信だね。でも、幸村くんが映子さんのところにいるときに嫌がらせされたりすると困るんだけど」
「……みょうじさん、下の名前、なまえだよね?」
「そうだけど」
「じゃあ、今からなまえって呼ぶね?俺のことも精市でいいよ」
「精市?」
「うん、そんな感じでよろしくね」


 私のクラスが見えた。仁王と丸井が廊下の窓に半身を乗り出してジュースを飲みながら談笑中らしい。廊下を歩く女子がコソコソと話をしているのが聞こえた。ああ、私、こういう雰囲気が嫌なんだけど。

 いきなり名前呼びになって、仲良くなった記念のような。もっと誤解の原因になるような。頭が混乱しつつも、どうにでもなれと思う自分もいた。


「じゃあ、またね。精市」
「あ、ちょっと待って、なまえ」
「何?」
「仁王、丸井!」


 精市は廊下にいた仁王と丸井を呼ぶ。2人はこっちを振り返る。

 そして精市はこのとき廊下にいる生徒を全員震撼させるような言葉を言い放った。



「俺達、付き合うことになったから」



 私の手をぎゅっと握った幸村精市に、私は固まってしまった。


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