act.08 bodyguard

 あの日を境に、俺たちの関係は変わった。

 まず、俺はなまえをパーティ会場から無断で連れ出したことをとがめられてボディーガードをやめさせられた。それはしごく当然のことだと思う。跡部は失望したように俺を見て、日数分の給料だけは払うと言ったが、受け取る気はない。


「宍戸。勝手なこと言うようで悪いが、もう二度とあいつに近寄るな」


 言い返す言葉がない俺は口を固く結んだまま、自分のしたことすべてを後悔した。ボディーガードなんてしなければよかった。あの日、連れ出したりしなければよかった。キスなんてしなければよかった。そんなすぎてしまった時間を呪って、目だけでなまえを追いかける日が続いた。


 教室ではなまえが遠慮なく無邪気に声をかけてくれる。でも、俺はそれにいちいち反応しないようにした。なまえのことを跡部が幸せにしてくれるんだったら、俺の気持ちなんてどうでもいい。とるに足りない、ゴミと同じだ。


「亮。相談があるんだけど」
「……」
「亮!」


 なまえの視線から逃げ出したくて、教室を後にした。あんな目で見んなよ。唇を噛んでその場を立ち去ることしかできない俺は誰から見ても激ダサだ。こんな俺のことなんて、一生許さなくていい。思えばはじめっから、こうして突っぱねておくべきだったんだ。変に同情して笑顔が見たいなんて思うから、こういうことになる。

 部活のときが一番何も考えなくてすんだ。一心不乱にボールを追いかけていれば、何だって忘れられる気がする。そのうち思い出すことも少なくなって、未練たらしい、女々しい思いをするのもやめられるはずだ。だから、入らないサーブのことは、今は気にしなくたっていい。そのうち入る。入るたびに、思い出を忘れられる。

 コートに一番乗りで来た俺に続いて、長太郎が駆け足で入ってきた。でも、まだ制服姿で俺は不思議に思う。普通、ユニフォームに着替えてくるはずなのに。


「宍戸さん、宍戸さん! 大変です!」
「どうした?」
「みょうじ先輩が」
「なまえが? 何かあったのか?」


 息切れしている長太郎の肩を揺さぶった。なまえに何かあったことは明白で、それも跡部絡みの何かだろうとは想像できた。長太郎はこめかみに伝った汗を拭いながら、俺に言う。


「跡部部長のファンに、連れていかれました……」


 眉を下げて言う長太郎の言葉に、耳を疑った。思えば、俺があいつにと一緒にいる間はファンからの嫌がらせが一度もなかった。けれど、俺がいなくなってから、ガードがいない分やりやすくなったのだろう。汚い奴らだと思うと、相手が女でも頭に血がのぼる。


「どこだ!」
「体育倉庫の……」
「ちっ!」


 何かを考える前に、体が動いていた。なまえ、なまえ、なまえ。あいつの名前ばっかり呼んで、頭が狂っちまったみたいだった。










「なまえ!」

 体育倉庫をあけると、見るからに氷帝の生徒じゃねぇ男がなまえに馬乗りになっていた。その周りを囲む数人の女子。なまえは髪をひっぱられたり、胸元ははだけていたが、いまだ治りきっていない怪我した手で必死に抵抗していた。


「やばっ! 逃げよう!」
「いくよ!」


 次々に出て行く女子に対し、馬乗りになっていた男が俺に向かってくる。ガタイは俺よりもよく、眉間にしわを寄せてにらんでいた。


「なんだ、てめー。やんのか」
「いいぜ」
「亮、やめて!」


 なまえが泣き叫ぶ声が聞こえるが、それを無視した。俺は、自分の力でなまえを幸せにできない分、最大限、なまえを守りたい。それだけでも許してほしい。

 男はナイフを取り出し俺に向かってきた。俺はとっさに近く似合ったバッドを持って応戦する。が、出足が数秒遅く、右肘の辺りを切られた。


「ちょっと! 手を出すのはあの娘だけにしてよ!」
「ああ? てめーが女とタダでヤレるっつーから」
「いいから、今日は逃げて! ほら!」


 仲間内でもめだした相手グループは、一度逃げ出したものの男が気になって戻ってきたらしい。男もそれ以上は何も手を出さず、ナイフをしまって逃げていった。俺はバッドを持って追いかけようとしたが、寸でのところでなまえが俺を押さえ込んだ。


「亮」


 頭に血が上っていたせいでわけがわからなくなっていたが、なまえの俺を呼ぶ声で我にかえった。肘は思ったよりも出血していて、じんじんと痛みをともなっている。白い氷帝の制服が赤くにじんでいく。なまえは外された自分のネクタイを拾って、俺の肘に巻き付けた。


「どうしよう。ごめんなさい……ごめんなさい……」
「大丈夫。こんなの、たいしたことねぇよ」
「でも!」
「それより、怪我はねぇか?」


 なまえはきつくネクタイで止血したまま、目に涙をいっぱい溜め込んでうなずいた。俺はなまえが無事ならそれだけでよかった。

 たとえ、テニスがしばらくできなくても。


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