act.06 party

 煌びやかなシャンデリアに、見たこともないような料理、かっちりとした正装に身を包む大人達。何もかもが一生見られないもんだと思っていた。俺がその場しのぎで用意したタキシードなんてまさに孫にも衣装で、服に着せられているような気がする。とりあえず何をしても落ち着かず、ウェイターが運んでくる飲み物をあおって気分ごと胃に流し込んだ。


「お嬢様と、跡部家のご子息がご結婚なさるのはいつなんですか?」
「高校をご卒業したら、とりあえず籍を入れるとお聞きいたしましたわ」
「まあ。ずいぶんお早いのね!」


 そんな会話が聞こえてきて、容赦なく俺を傷つけていく。っつっても、勝手に傷ついてるだけだ。俺はたまたま同じクラスで、たまたま仲良くなっただけに過ぎない。完璧に部外者だ。

 視線を外せば、人の隙間からなまえが見えた。ベージュのふわっとしたワンピースに、かかとの高いハイヒールを履いている。大人を相手に笑顔で対応している姿は、到底、同じ高校生に見えない。まるで知らない奴だ。……やっぱ、来なきゃよかったかもな。

 住む世界の違いを目の当たりにして、一度、風に当たるためにバルコニーに出て外を眺めた。妙に肌寒くてすぐに引き返したくなったが、なんとなく格好がつかない気がしてしばらく耐える。グラスが夜気に触れて光っていた。


「亮」


 突然そう呼ばれ、驚いて振り返る。そんな風に呼ぶ人間を、俺は一人しか知らなかった。


「なまえ……」


 高いヒールを鳴らしながら、隣に来る。さっきまでなかったはずのショールが、なまえを余計に大人っぽく見せた。


「やっぱり、楽しくなかったよね」
「いや、そんなことねぇよ。こんなとこ来れるなんて、夢にも思わなかったし。その……まあ、楽しいよ」
「無理しなくてもいいよ」


 なまえは薄桃色のカクテルに口を付ける。グラスには口紅が転写したみたいについている。

 俺はなにか取り繕うべく話題を必死に探した。けれど、浮かんでくるのは全部どうでもいいことで、庶民的で、嫌になってくる。無言が生き物になって酸素を吸い込んでるみたいに、息苦しかった。


「なんだか、ボディーガードとか言って迷惑かけちゃったね。もし重荷なら、もうボディーガードは辞めてもいいよ。迷惑かけたお詫びに私にできることならなんだってする。叶えられることなら、なんだって」


 ああ、こいつはいまだに自分より俺の心配して、そんなこと言うのかよ。自分より他人の方が大事で、迷惑かけないように生きてて。なんでそこまでできるんだよ。

 いろんな感情を堪えるのに必死だった。苛立ちとか、悔しさとか。その矛先は、全部、確実に自分自身に向いていた。だって、今にも俺は自分の叶えたいことを口走ってしまいそうなんだ。


「……言えるかよ」
「えっ?」
「ここから、お前と一緒に抜け出したいなんて」


 風が頬を撫でた。なまえの瞳は今にも落ちそうな水滴を抱え、月明りを吸い込んで揺れている。完全に困らせた。けれど、もうこれで終わりにしよう。


「嘘。今の冗談だから」
「だったら……よ」
「え?」
「どこでもいいからっ、連れてってよ!」


 ボロボロと流れる涙はドレスに吸い込まれていく。ずっとなまえに触れるのをためらっていたこの手が、なまえの腕を掴んで走り出すまでに、時間はまったくいらなかった。


[back]
[top]