act.04 play

「え、一緒に遊んでくれるの!?」
「ああ」
「本当にいいの!?」
「だから、何回もそう言ってんだろ?」


 何度も了承の言葉を投げてるのに、何度も質問が返ってくる。それくらい、なまえにとって誰かと一緒に出かけるということが信じられないらしい。今まで家柄にとらわれて、好きでもないのに孤高の華を演じていたんだと改めて痛感する。


「だって、今までこんなことなかったから」
「……」


 遠慮なんてするのはダサい奴のすることだ。だから俺も遠慮なんて、しない。

 結局、跡部の許嫁なんていうことは一旦考えないことにした。ボディーガードとして、なまえを喜ばせるのが仕事だと結論付けたからだ。それは別に俺がなまえと一緒に遊びに行きたいとか、そういうのじゃない。……絶対違う。違うからな!


「じゃあ、放課後。一緒に帰ろうぜ」
「うん、約束よ!」
「ああ」


 今にも小躍りしそうななまえを尻目に、口元がにやけた。何だよ、その喜びようは。別にどうでもいいけど。

 昼休み終了の予鈴が鳴る。放課後になるのがいつもより遅く、待ち遠しかった。









 俺が立てたプランを名付けるとするなら題して『ヒマを持て余した庶民の遊び』になるだろう。要は、庶民的に遊ぼうという何のひねりもない計画。ただ、なまえならきっと喜んでくれるという確信はあった。

 その証拠にあいつはマクドナルドで片っ端から注文するし、ゲーセンではしょうもないゲームで散財してるし、プリクラはハマって何枚も撮るし、一人でも撮るし……とにかく当たりだった。もちろん、金銭感覚はまったく違うから大金を使うなんて平気な顔だ。でも、俺は頑なに割り勘を守った。じゃないと恰好もつかなかったし、絶対になまえを財布にはしたくなかった。


「はあー!楽しいー!」
「よかったな」
「亮といると楽しいことばっかり。本当にありがとう」
「別に。ただお前に俺は庶民的なことを教えようと思っただけだよ」
「ふふふ」
「何だよ」
「何でもない!」


 ファミレスでドリンクバーも初めてだったらしく、いろんなものを一口ずつ入れては注ぎ足しに行くのが面白かった。なんでも、飲むことが目的ではなく、コップの縁でレバーを押すことに意味があるらしい。……価値観が違う。


「さて。そろそろ帰ろうかな」


 日もすっかり暮れて七時も近くなっていた。話によると、学校の外ではきちんとしたボディーガードが見張ってくれているから安全らしい。俺は学校内での護衛、という名目だが、実際は友達としての意味合いの方が大きいことが嬉しかった。


「じゃあ、送るわ。俺」
「大丈夫。家の者が迎えに来てくれるって。それよりもうちの車で亮を送るよ」
「それはいい」


 俺の脳裏には馬鹿みたいにでかいリムジンが来るのがゆうに想像できた。そんなの、絶対緊張するに決まってる。


「あ、じゃあさ。せっかくだから、橋のところまで送ってくれる? 大通りに面してるから車が通りやすいと思うの」


 そんなのお安い御用だ。二つ返事で了承して、俺たちは店を出た。









 適当に雑談しながら歩く。学校がどうだとか、今日のことがどのだとか。幸い、俺がボディーガードになってから、まだ一通も中傷の手紙は届いていないと言うことを聞いた。効果がアリだ、と早々に結論付けてなまえはいつも通り、楽しそうに笑ってる。
 
 橋に近付けば近付くほど、俺はわざと歩幅を小さくした。久しぶりにこんな楽しくて、名残惜しかったんだと思う。なまえはそれに気づいていない。気づかなくて、いい。


 もうちょっと一緒にいようぜ。と、いう身勝手な言葉が、咽喉元まで迫り上っていた。でも、そんなこと言えるわけがなかった。なまえは跡部の許嫁だろ、住む世界が全然違うんだ。楽しいからって、ひきとめたところで迷惑にしかならない。そうやって自分と格闘しながら、でも、どうして自分がそんなことで悩んだりするのか不思議だった。



 ついに橋までたどり着いて、なまえは軽やかに手を振る。


「ここで大丈夫。今日は本当にありがとうね!」
「ああ。じゃあ、またな」
「うん。またね」


 くるりと背を向けて、歩き出す。足取りはなぜか重い。けれど、進まなくちゃ変に思われちまう。その葛藤と対峙して、必死に戸惑いを殺して歩いた。気付いちゃいけないことに気付きそうになる。



「亮!」


 急にかけられた声に振り向けば、なまえは相変わらずにっこりと笑っている。


「また遊びに連れて行ってね!約束よ!」


 ああ、もう。なんなんだよ、お前は。人が必死になって気持ちに蓋してるのに、調子が狂う。


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