act.02 surprise


「だから、お前がみょうじなまえのボディーガードやれって」


 何の話してるんだ、突然。


 みょうじが残る教室の前で跡部にそんなことを言われた俺は、正直、混乱していた。話したこともない、ましてや、住む世界が違いすぎる相手のボディーガードなんて、ただの拷問だ。俺みたいな一般庶民に何ができるとも思わないし、一緒にいても劣等感しかもらえない。

 跡部に言い返そうと必死に頭をフル回転させていると、教室にいた聖母・みょうじがこちらに気付いた。


「景吾!……と、そのお友達かな?」


 跡部を呼んだみょうじは、まるで花が開いたような笑顔で駆け寄ってくる。一方、跡部の付属品のような俺は立ちどころに体を硬直させてしまった。

 覗き込む顔の距離が、近い。


「おい、なまえ。今日からお前のボディーガードを頼んでやったぞ」
「えっ、そうなの?」
「前から変な手紙がどうとか言ってたろ。こいつは宍戸。学内での、お前のボディーガード」
「おい、待てよ。俺はまだやるとは」
「宍戸くん、はじめまして。私、みょうじなまえです。よろしくね」


 みょうじはまたも破顔の笑みで俺に手を差し伸べる。『ボディーガードよろしくね。握手で契約成立よ』とでもいうことだろう。どのみち俺の話を聞く気はまったくないらしい。それにしても――。


「俺、お前と同じクラスだから。はじめましてじゃねぇし……」
「え!?やだ、私ったら。本当にごめんなさい!」


 金持ちへの苦手意識から、自分の眉間に深いシワが寄っているのがわかった。まあ、住む世界がまったく違うんだから、眼中にも入っていないのは仕方ないことなのだろうけどよ。俺だって、こんなことにならなければ、みょうじと話す機会なんて一生なかったと思う。


「さて、俺様は戻る。せっかくだから、ちょっと話でもしろよ」
「うん、せっかくボディーガード頼むんだもん。仲良くならないと!」
「……」


 もう何を話しても無駄だと諦めて、自分の運命を呪いながらボディーガードを引き受けることにした。こうなりゃ、もうヤケだった。ところでちゃんと金はくれるんだろうなあ。おい、跡部。



 跡部が去ってから、俺はみょうじの隣に座る。すでにダルいが、さっき跡部が言っていたことが少し気にかかっていた。


「それで、変な手紙っつーのは?」
「ああ、そうだったね!これなんだけど」


 ざっと取り出したのはルーズリーフのような紙の束、きちんとした便箋、恨みを込めるように黒で塗りつぶされたノートの切れ端……などなど。どれも統一感がないものだった。察するに、一人の人間ではなく、複数犯によるものだろう。

 俺はその中から適当に一枚をめくって、綴られる文字を読む。犯人に関する情報は一目瞭然だった。


『跡部くんに近付かないで』


「これ、跡部ファンの仕業じゃねぇか……」


 その後、どれもこれも手に取るものすべてに「跡部」の文字。嫌がらせをする人間がいる、ということは知っていたが、ここまでひどいものを目の当たりにすると女が嫌いになりそうになる。中には、「跡部」と関係のない部分で、たやすくみょうじのことを傷つける内容もあった。こんなの、ただのとばっちりじゃねぇかよ。


「うん。でも、できれば景吾には内緒で解決したいの。それに、この人達だってきっと悪い人じゃないと思うし。自分の好きな人と仲がいい人なんて、きっと目障りでしかないでしょう?」
「そんなこと」
「いいの、それが事実だと思ってるから。それより、私は今、あなたと話ができてとっても嬉しい!」
「は?」
「だって、あなたは私の顔色をうかがったりすることもないから。きっと、まっすぐで正直な人なんだと思うの」


 優しげなみょうじが、聖母と言われる意味がわかった。その笑顔の元に、何もかもを許してくれそうな包容力があるんだ。

 成り行きでボディーガードになってしまい、正直、心の底から面倒くさいと思っていたことに罪悪感を覚える。きっと顔色をうかがうばかりの人間で、こいつの周りは溢れているんだろう。それって、すげぇ悲しいよな。


「みょうじさ、俺のこと『あなた』じゃ言いにくいだろ。亮でいいよ」


 柄にもなく照れて、そっぽを向きながら言う。笑顔で、何度も頷いている顔は嫌でも視界に入ってきた。


「じゃあ私も、なまえでいいよ」
「ああ。よろしくな、なまえ」
「亮を紹介してくれた景吾に感謝しなくちゃ!」
「跡部はなまえにとっちゃ、いい友達だろ? あいつはまず、人の顔色をうかがうとは思えねぇし」
「え、景吾から聞いてないの?」
「何が?」
「私達、許嫁なの」
「は?」

「将来、結婚するの」


 そんな重大なことを平然と言い放つなまえから視線を移せなかった。


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