01
上履きがすべての下駄箱に礼儀正しく入っている。その白が、なぜか今日は一際まぶしく見えた気がして思わず目を細めた。ここが真っ白だということは、つまり今、この学校には誰もいない。一週間前に隕石の衝突が発表された日から、全国の教育機関で休校措置がとられ、学生はそれぞれの余命を有意義に過ごすようにと定められたからだ。
私は上履きの中から一つを取り出して、地面に落とすよう乱暴に置く。焦茶色のローファーを履き替えて下駄箱に入れると、私の靴である暗い色がぽつりと白の中に取り残されたようになった。それはまるで、いつも学校にひとりぼっちだった私のようで、切ない。
地球が迎える最期の日の今日。私がわざわざ学校まで来た理由は二つある。一つは、本来であれば今日が卒業式前日の予行練習だったから。もう一つは――。
「大空をーかーけーるー白いつばさー」
いったん教室に向かうために階段を昇りながら、誰もいないのをいいことに卒業式で歌うはずだった歌を口ずさんだ。伴奏の担当ではないが、長年続けていたレッスンのせいで無意識的にピアノの鍵盤を頭に思い浮かべている。
まさか世界最後の日と自分の卒業式の日が重なるなんて、どこか小説みたいなロマンがある気がした。明日は来ないから、卒業式も来ない。永遠に女子高生のまま。
だから、一日早くひとりきりの卒業式に来たのだ。それが今日、学校に来た第二の理由である。
「あきらめないー強さをー持ーてーたー」
頭の中の鍵盤を弾くように強く叩く。ここからが一番ピアノ伴奏が盛り上がる場面だったはずだ。私はその部分に差し掛かるタイミングで、勢いよく教室前方のドアを開け放つ。
そこにはいつも通り規則正しく並べられた机と椅子。と……それらに加えて、窓際の一番後ろに座っている眼鏡の男の子が一人。手元の文庫本から目線をあげて、頬杖をつきながらこちらを見ていた。
「えっ……」
開いていた窓から吹き込む風が、ベージュ色のカーテンと彼の髪を揺らしている。私が驚いて一歩も動けないでいるのを見て、先客だった同窓の彼――柳生比呂士は柔らかに微笑んでいた。
「 」
「え?」
「いえ、なんでもありません」
何と言ったのだろう。春の風に吹かれ、その声は聞き取れなかった。
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