01,

 生命維持装置だけが微かに音をたてる病室で、"彼女"の胸が上下するのを見ていた。今日も一日、長らえた。バイトに行っている間に何回も思う。この時間、この瞬間にも、先に逝ってしまったらどないしようって。

 中学3年のある日。どうでもええようなことで喧嘩した俺らは、付き合って初めて別々の方向に帰った。怒って走り去った彼女に、嫌な言葉を吐き捨てた記憶がまだ残ってる。もし時間を巻き戻せるとするなら、追いかけて、抱き締めて、素直に謝るのに。その直後に彼女の身体めがけて突っ込んできたトラックは、たったの一瞬で、命以外の何もかもを奪っていった。

 15歳やったあの日から俺らの中に流れていた時間は止まり、いまだに進もうともしていない。彼女の生命を維持するためだけに働いて金を稼ぎ、ずっと目が覚めるのを待っている。


『もういいの、光くんのせいじゃないわ』

 そう彼女の母親は言う。


『このまま延命を続けるほうが我々としてもつらい』

 そう彼女の父親は言う。


 けど、どんな人に諦めを口にされたところで、他に方法が見つからへん。それは、彼女が目を覚ますことに対して俺が諦めきれてないんじゃなくて、5年経った今でもこの状況が現実として受け入れられてないから。ただ俺が弱いから。自己満足のために、永遠に続く寝息を聞いていたいから。


「なあ。目、開けてや」


 そうしていつものように俺は、答えもしない彼女に語りかけ始める。


「あと何年続くんやろうな。50年?60年?」

「60年やったら俺らも80歳やな。来月で俺、もうハタチになるで」

「80歳やったら、お互い、もう手もしわしわで、よぼよぼやな」

「……その頃には、お前も目覚ますやろ」


 白い頬にさわると、ひどく冷たい。生きながら死んでるみたいやった。

 病室に音が増える。ぽつぽつと、窓に水滴がぶつかる音が聞こえる。どうやら雨が降り出してきたらしい。そろそろ梅雨の時期やしな、と続けて呟く独り言とともに、彼女が押したことのないテレビのスイッチに手を伸ばした。


『――リープは、倫理的にはどうなんでしょうか?』


 テレビでは無意味な討論番組がやっていて、すぐさまチャンネルを変える。天気予報がやりそうなニュース番組を探して見つけると、しばらくつけっぱなしにしておいた。


『今日から本格的な梅雨入りが宣言されました。しかし、明日以降も気温は上がらず、じめっとした梅雨のイメージとは裏腹に冷たい雨が降るでしょう。3ヶ月予報では、今年は冷夏の見込みです。体調管理にお気をつけ下さい』


「冷夏やって。聞こえてる?」


 返事は当然ない。


「聞こえとったら、指先、ひとつでも動かして」

「目開けてもええで」

「反応してや、なあ」


 呼びかけに答えない彼女を見つめていると、いつも思う。いっそ、こいつが死んだら、俺も死ぬ覚悟ができるのに。

 生命維持装置の微かな音と冷たい雨が降る音しか、相変わらずこの部屋にはない。

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