新緑の季節になると、体調は比較的、安定してきました。相変わらず微熱は続いていますが、ひどいときだけ解熱剤を飲むくらいで、あとは私の身体が抵抗してどうにか熱を抑え込もうとしてくれているようです。この調子なら自然と熱も引くのではないかという見解になり、予定通り今年で病院を卒業できるそうでした。
熱の原因かもしれない彼とは普段通りに接しています。その日々が幸せでした。
7、青い槍の葉
すっかり葉桜になった校庭の木は、生命力に溢れて、その幹を触るだけで体力がつくように感じた。テニスコートの傍。万華鏡のように一瞬、一瞬できらきらと姿を変える木陰を見ながら、じっと本を読んでいるのがすっかり日常になっている。『シグナルとシグナレス』はもう何度読んだかわからない。短い物語ながら、その淡い恋に胸打たれる。
足元に転がってきたボールを拾い上げた。見上げれば、逆光になった手塚くんがいた。
「すまない」
首を振ってボールを返す。すると、彼は声を張り上げて、十分休憩、と叫ぶ。みんなが休憩を喜んでいるとわかる返事が活気に溢れていて、とても体育会系らしい。が、ただ一人、不二だけがこちらを見て笑ってる。隣の桃城くんが口を大袈裟に開閉させて紡ぐのは「わ・ざ・と」という三文字だった。何がわざとと言うのだろう。
「隣、しばらく座ってもいいか」
「うん。もちろん」
しおりを忘れたらしい。近くに咲いていた黄色い花を摘んで、ページに挟んで本を閉じた。木にもたれるように座る彼の首筋には汗が伝い、反射して綺麗に光る。
最近、私は自分の熱が上がる瞬間が少しずつわかってきた。くるぞくるぞ、という高揚感にも似た感じで次第にこめかみにズキズキとした痛みが襲ってくる。そのタイミングがわかるだけでもありがたい。ちなみに今日はもう既に頭が痛むが、せっかく隣に座ってくれた手塚くんに悪くて何でもない振りをして堪えた。
「もうすぐ大会始まるんでしょ?」
「ああ」
「応援、行けたら行くね」
「ああ」
ぶっきらぼうだ。愛想もないし、笑顔もないし、言葉数もない。けれど、どこかその表情の隙間に優しい感情があるように感じるから不思議で、そこが彼のいいところでもある。
給水している横顔を盗み見る。彼の左手が地面について、同じように私の体重を支えていた右手と一瞬でも触れそうになる。その数センチの隙間を一瞬の目測ではかった。いつかの夢では、彼の左腕に触れて笑っていたのを夢見たけれど、今はまだ隙間を埋められそうにはない。それは、私の熱が上昇するだけじゃなく、その左腕の意味を私は最近になって理解できたからだ。
「ねえ、手塚くん」
「なんだ」
「左腕、無理しないでね」
「……病院で、聞いたか?」
私は首を振った。ただ、練習風景を見ていて、左腕をかばっているような仕草を時々見せたから、なんとなく言ってみただけに過ぎなかった。
「みょうじが心配することじゃない」
「……心配するに決まってる」
唇をとがらせて言うと頭を撫でられた。痛みでくらくらする頭を彼の手が撫でるのだから、相当の熱が私の頭部に集まってくる。でも、その優しげな目で見られたら反抗する気も失せて、私は彼にされるがまま、小動物のように可愛がられるしかできない。
ふいに手が止まった。優しげな目から、一気に芯の強い目力を持つ。
「大丈夫だ、俺は負けない」
自分の中に誓いを立てたような人の台詞だ。私では考えられないほどの強い意志を持って、静かにそう言い放った彼に思わずすごんだ。
しかし、一瞬で緊張を解いたようにふっと目尻を下げる彼。
「だから。お前も早く、体調を治せ」
頭に置かれていた彼の手が私のひたいに触れて離れる。そのあと、彼が離れたことによて徐々に熱が収まって行く感じをうけて苦笑した。本当に自分は、手塚くんアレルギーではないかと思うほど彼に体調を左右されている。
「気付いているのはお互い様じゃない……」
木陰が揺れる。もう一度本を開くと、風で花が舞った。
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