you must remember december | ナノ



みょうじなまえ編、ニ



 紹介したい人達が居る、と白河さんにつれてこられたのは学校の隅にあるテニスコートだった。私達の学年で彼女がテニス部のマネージャーをしていることを知らない人は居ない。テニス部は所謂イケメン揃いの集団で、女子であれば誰しもが一度は近付くことを夢見てマネージャーに憧れる。そんな中で誰にも僻まれることなく彼女が献身的に働けるのも、白河さんの性格と人望があるからだろうと私はずっと思っていた。
 私は女子でありながら、なるべくそういった目立つ人達に接触することは意識的に避けてきた。輝いている人達は私とは別の次元に住む生き物であると認識していたし、話しかけたいと思ったこともない。最大の理由は彼らのファンだ。テニス部の彼らはみんな、各々に騒がしい女子のファンが背後についている。まるでメディアの中のアイドルを崇拝することと同じように、それは痛々しく熱狂的だ。そういった百害あって一利無しの人間に、私のような地味な人間は近付きたいと思わない。

 私は白河さんに手を引かれて部室まで来た。四天宝寺の校風らしい寺の納屋のような部室。正直に言えば、彼らのファンに目を付けられないためにもここへは入らずに今すぐ引き返したい。けれど、たとえテニス部のファンに『抜け駆けするな』とどやされたとしても、今はこの初めての友達を失望させてしまうことの方が私には怖かった。
 部室の上部にはどこかの道場のように『庭球部』と書かれた木の看板が掲げられている。しかし、扉には相対するように嫌に少女趣味のような可愛らしい飾り付けが施されていた。初めて見た人なら、ここが男子テニス部の部室だとは思わないだろう。これらはすべて金色くんと自分が行ったことだと白河さんは照れながら言った。金色くんは眼鏡に坊主頭で博識なのだが、少し変わったところがあってかなり少女趣味な可愛いらしい男の子だ。なかなか人の顔を覚えられない私でも、彼の名前と姿はインパクトがあって覚えているし、いつも試験でトップを争う仲だと勝手な仲間意識を抱いている。

 ドアの向こうからは絶叫に近い声が漏れてきており、随分仲間との交流を楽しむ様子が伝わってきていた。スポーツと笑いを融合させている彼らにはお似合いだとも思う。
 白河さんはそんなことを考える私をちらりと見やり、美しい微笑みを浮かべた。そして口角を上げたまま口を開く。



「きっと賑やかでびっくりしちゃうかもしれない。でも、彼らはみんな、みょうじさんの味方をしてくれるよ」
「味方…?」
「友達でいてくれるってこと」
「…そんなに上手くいくかな」
「きっとね!何度か私がみょうじさんの話を彼らにしたこともあるし」



 私の話。そんな面白くもなさそうなものをどうして彼女は話すのだろう。そして、彼らもどうしてそんな話を聞くのだろう。私が思ったことは尋ねられることもなく、彼女がドアノブに手をかけたため疑問は引っ込めた。



「みんなー!みょうじさんつれてきたよー!」



 白河さんが大声でそんなことを言ったせいで、注目は一気に私に集まった。私は今まで感じたことないくらいの緊張で体が硬直してしまう。ただ部室に居た彼らにはその緊張感は届いていないようで、一瞬集まった視線の後は私の周りに駆け寄って再びギャーギャーと騒ぎ始めた。



「おー!ナオ!ついに憧れのみょうじさんと友達になったんやな」
「まあね!」
「ずっと言うとったもんなあ。みょうじさんと友達なりたいって」



 白河さんに声をかけたのは白石くんだった。彼はこのテニス部で一番女子に人気がある男の子だ。確か一年の頃は白河さんと同じクラスで、委員会も同じだったような気がする。甘いミルクティーのような髪色に、整った顔。誰から見ても彼は恐ろしく完璧で、格好いいと思う。その白石くんは私の方を見て深く頭を下げた。



「いつもうちのナオがお世話になってます」
「白石。お前はオカンか」
「オカンちゃう、カレシや」
「もう、蔵。みょうじさんびっくりするじゃない」
「ああ、そうか。でも別に俺は隠すことやないと思うで?もう自分ら、友達なんやろ?」



 白石くんは白河さんの頭を撫でて優しく微笑む。白河さんも私に向けた笑顔とは違う、ふんわりとした優しい笑顔を彼に向けた。私は二人がそういう関係にあることを初めて知り、二人が周りの人にその関係を隠していたことを瞬時に理解した。
 私はただ何も言う言葉が見つからなくて、彼らに軽くお辞儀をした。すると、白石くんがはにかみながら自分の頭を掻く。



「俺も一年とき、委員会同じやったんやけど。覚えとる?ナオと一緒にクラス委員やっとった」
「はい。もちろん」
「敬語やなくてええで!同じ年なんやし。それにナオの友達は俺の友達や」
「こうして友達の輪がひろがっていくんやなあ。ウンウン」
「水さすなや、忍足!あ、みょうじさんに紹介せなあかんな。こっちは忍足で、あの背高いのが小石川。それからヘアバンの方が一氏で、こっちが金色」
「本当はもう一人、石田銀って子がいるんだけど、今は修行の旅に出てるんだ。学校の寮に住んでるんだよ」



 白石くんの紹介に白河さんが付け足して答える。現在テニス部はニ年生しかおらず合計六名、白石くんが部長だという。私はこのとき初めて、この学校に寮と言うものが存在することを知った。
 口々に彼らがよろしくと私に挨拶をしてくれることが嬉しかった。それは騒がしかったけど、決して不快には思わない。今まで静寂がすべてだと思っていた自分の中で、何かが変化して行くような気がした。
 同時に、上手く答えられず騒げない自分を恥じた。何かを言わなくてはと、私の中の何かが私自身を急かす。そしてまた、唇を震わせて私は喉の奥に引っかかった言葉を出そうと必死で振り絞った。



「…よろしくお願いします」



 それを言った時の、彼女の嬉しそうな顔は毎晩夢に見る。

 『彼らは私の友人であり、アナタの味方になってくれる』と彼女は言った。でも、それは永遠ではない。いつからか私はそのことを誤解して、自分の都合のいいように解釈してしまっていたのだ。


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