you must remember december | ナノ
十三、
厳かな雰囲気の卒業式を終えた後、校庭でみんなが思い出を共有する。友人の形がそれぞれ現れる。容姿の似ている子同士だったり、背丈が同じくらいだったり、一時の別れに涙を流す子を慰めている者だったりする。そうした彼らを見ていると、私は友人の形は様々で一様ではないと気付かされる。
かく言う私とナオだって、性格は対照的だった。けれど、私達は本当に心の底から信頼し合っていたし、お互いの知れることすべてを把握していたのだ。きっと彼女がこの場にいれば、私を抱きしめ、「また高校でもよろしくね」と愛くるしい笑顔を浮かべていたに違いない。私はそう思うと胸を少し揺さぶられるような気になる。ナオはいない。けれど、こうして居ない彼女のことを想像することによって彼女は生きているような気がする。これは私だけが当てはまるのではない。ここにいる誰かが覚えている限り、ナオは死なない。
「なまえ。ちょっとええ?」
一人でぼうっとしている私の肩を叩いたのは謙也くんだった。ゆっくりと振り返って彼を見据えると、頭を掻いて頬を染めている。
「ちょっと話あんねん」
照れながら言う彼を見ていると、何となくその話の先が分かったような気がした。自意識過剰かも知れないが、彼の雰囲気で分かってしまったのだから仕方ない。私は口の端をあげて彼に頷いた。彼はちらっと周りを見渡し、人と一定の距離を保っていることを確認する。私もつられてキョロキョロと周りを見れば、みんな別れのはずなのに楽しい雰囲気で笑っている。本当の友達とはそういうものだと理解する。本当の友達なら卒業で縁を切ったりはしないし、むしろこれから新しい道に進む友を応援する立場に居るのだろう。
ちょうど目の前にいる金髪の彼がそうだ。きっと彼はこれから私のよき理解者でいてくれるだろうと思う。そして私もそうでありたい。
「俺、ずっとなまえのこと好きやった」
彼は急にそう言った。高揚しているが真剣な顔つきだった。
「ナオに相談してたこともあったし。…っちゅーか、そのせいで自分ら喧嘩したんやんな?ごめんな」
「ううん」
「あのクリスマスパーティーかて、ほんまはなまえに告白したくて計画したもんやってん。その日にナオが死んで、俺のせいやって自分でも気にしてたのに、もっと自分を責めてるなまえのことも曲がってしまった白石のことも助けてやれへんかった。詫びても許されるもんちゃうけど、ほんまにごめん」
私は首を振る。彼も彼なりに自分のことを責めたに違いないから、私は彼を許さないという選択肢がない。むしろ今まできっと彼も辛かっただろうと思う。
そして、私は純粋にそれでも好意を抱いてくれていた彼に感謝したかった。けれど、私はそれにはもう答えられない。
ふと千歳くんの顔が浮かぶ。卒業式にも出席していないサボタージュ魔の彼は、今、熊本に向かう電車の中か。あるいはこちらにいるのか。私にはよくわからないが、きっと彼は彼なりの思惑があるのだろうし、私がいちいち干渉したりしない。彼がきちんと言ってくれるまで待つだけだ。
とにかく謙也くんに気持ちのお礼を述べなくてはならない。私は俯いたまま少しだけ腰を曲げる。
「ありがとう。その気持ちはとても嬉しいよ」
「…千歳とはどうや?付き合ってんやろ?自分ら」
「うん。まあ」
「高校からは熊本らしいからなあ」
「そうだね」
私は髪を掻き上げる。そうだ。彼は来年の四月から熊本の高校に戻ることになっている。中学だけ、という期間が親御さんと決めた約束だったと彼は言った。最初は駄々をこねて私と同じ学校に行きたいと言っていたが、授業態度が悪いから無理だと面談で言われたらしくしょげていたのを思い出す。そして仕方なく熊本に戻る手続きをしていた。
私は彼と離れることになんら問題を感じていない。私には左耳のピアスがある。彼のことはあの十二月とともに覚えていられるのだ。彼だってきっと熊本に言っても私のことを忘れたりはしないだろう。私達は固い絆で結ばれている。
「千歳が羨ましいわ。あいつが四天宝寺来たのもなまえのおかげらしいし」
「え?なにそれ?」
「ああ。確か言うとったで?俺らとテニスしたかったっていうのもあるけど、二年の夏に大会でなまえに道案内してもらって一目惚れしたって。なまえは覚えてないみたいやけど」
私は自分の頭の中の引き出しをひっくり返すように開ける。二年の夏頃の記憶と言えば、事故にあったあの日に鍵をかけたままだ。謙也くんがこうして教えてくれなければ、ずっと知らないままだっただろう。そして、思い出すこともなかった。
記憶とは厄介だ。記憶とは厄介なものだ。忘れたい出来事は忘れられず、思い出したいことは何も出てこない。私は自分で自分が嫌になる。
けれど、ちょうど一年ほど前の春のことを思い出したとき、少しその記憶の断片が見えた気がした。それは三年生になってすぐの春、始業式で彼を職員室まで道案内したときのことだった。
『やっぱり、むぞらしか』
彼はそう言って私の頭についた桜の花びらを取ったのだ。私は聞き慣れない方言にドキドキしたし、その理解できない言葉にも胸が高鳴った。そして、それは少し違う記憶を思い出させる。
『むぞらしかね』
日差しの強い太陽に照らされて彼の左耳のピアスが光っていた。そして、私の頭を優しく撫でて、慈しむような顔で私を見ていた。大きな背で作った影が私に落ちている。私は思い出せないその人の顔が千歳くんにしか思えなくなった。
「あれが…千歳くん…?」
「なまえ?」
私は走り始めた。真っ白い陶器のような携帯電話を取り出して千歳くんの連絡先を探し始めながら、全力で疾走する。見つかったらボタンを押して、彼に発信するために耳に当てた。ナオと撮ったプリクラが私の手のひらに感触を伝えている。たくさんの人を避けながら校門を抜けて、繁華街の方に駆ける。耳にはコール音と、風を切る音が聞こえる。
何度か人にぶつかりそうになりながら、私は走った。まっすぐまっすぐ。彼は電話に出ない。
いきなり路地から出てきた人にぶつかった時、私の体は吹っ飛んだ。足元に落ちた携帯の電池が外れてしまい、私がその人に謝るよりも先にそれを拾おうとする。しかし、その部品はぶつかった人によって拾い上げられた。
「すいません」
「そんなに急いでどこ行くばい?お嬢さん」
「え…?」
彼は大きな手で私の携帯を包み込んでいる。そして差し出すと少しはにかんだ。
「千歳くん!」
「どげんしたとね?そんな急いで。大阪の人はせっかちでいかんねえ」
「帰ってきてたんだ…よかった」
「これから学校になまえば迎えに行こう思っとったとこばい。これ見せようと思って」
彼は肩で息をする私に一枚の紙を取り出す。その白い用紙には、千歳くんの名前と私が春から行く高校の名前と『合格』の文字が印刷されていた。
「これ、どういうこと?」
「授業は出とらんけん、内申表に関係ない一般入試で頑張らんとね。いっぱい勉強しすぎてなまえ不足ばい。今から俺の相手せんね?」
「熊本に帰るんじゃないの?」
「今回熊本ば帰ったんは、親にちゃんと『大阪残りたい』ち、言うためばい。びっくりさせよう思ったばってん、遅れてすんまっせん」
「ううん…」
私はまた彼と四月から同じ学校に通えると思うと目がじんわりと熱を持ってきた。きっとたくさん勉強したのだろう。そして、私に内緒で。
「そしたら、プリクラでも撮りに行くばい?」
彼はそんなことを言って私の右手を握る。もういちいち手を握ることに了承をとったりはしない。私達は恋人同士なのだと、私はこんなときそれを意識する。
「待って。私、言いたいことが…。中二のあの夏のことなんだけど」
「…ああ、西日本大会?」
「そう。あのとき、声をかけてくれたのは…」
「もうよかよ。俺もあんときのこと思い出したらちょっと恥ずかしか。なまえはずっとむぞらしかったし、今、こうしとることの方が俺には大事なことばい」
千歳くんはそう言って照れた顔を隠す。私は堪らなく彼が愛しくなる。
「やっぱ今から、家来んね?もうすぐあの部屋も引き払わないけんし、最後になまえとの隠れ家で過ごしたか」
「うんっ」
手を繋いだままくるりと振り返る。そして、ゆっくりと私達の隠れ家まで歩き始めたとき、彼は私のとなりで独り言のように呟いた。
「大好きばい、なまえ」
誰かにこんな風に想ってもらうことなんてないと思っていた。けれど、雪が解けるような暖かな心を、彼女がくれたのだ。すべてには何かの因果があって、結果によっては誰かを傷つけたり、自分自身を傷ついたりすることもある。けど、それは人が強くなるために必要なことで、決して無駄なことではない。ナオは私にそれをすべて教えてくれたのだ。
ありがとう、ナオ。そして、どうか安らかに。
I must remember December.
Rest in peace, and watch me over.
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