you must remember december | ナノ
十一、
私は黒のコートに数滴の涙を落とす。死んだ花がそれを見ている。ナオはあの横断歩道の中央で、去年の今日、息を引き取った。即死だった。左折してきたドライバーがイルミネーションに気をとられていたための脇見運転だった、と警察は言った。捕まり、その人には懲役がついた。
でも、それが何?
死んだナオは帰って来ない。そもそも、あの場にナオを連れてきたことが私の罪だ。私は彼女を押して、行く手を阻んで殺した。それでいいのに。何の意味もない裁判の話なんて、私には関係ない。
「それが私の罪なの」
吐き出すように言葉を紡ぐと、白い息が一緒に出た。千歳くんは相変わらず俯いて黙っている。手は堅く結ばれていた。
ナオが死んだというニュースは、学校全体に広まり全員を震撼させた。誰も悲しまなかった人間はいなかったのではないだろうか。学年全体で参列したというお通夜には、咽び泣いている人が多くいたと聞く。
私は入院していたせいでナオの葬式には出られなかった。入院中は毎日自分の罪に苛まれながら生きていた。頭にひどい怪我をしていたのに動けたのは奇跡だったと医者に言われ、もっと打ち所が悪ければ死んでいたとも言われた。むしろ死んでしまえばよかったのに、と言うと、母に泣きながら怒鳴られた。
「命は大事にしなさい。ナオちゃんの分まで」
頬まで平手で殴られたが、私の心には何一つ響くものはなかった。どうやら私はあの事故で、心まで粉々になったようだ。手元に戻ってきたバラバラのカップを見てそう思う。
そして、入念な検査の結果、私は一つおかしなことに気がついた。どうやら私は、その年の夏に行った記憶が一つもなかったのだ。どうやって過ごしていたかなど、細かいことが今でもほとんど欠落している。すべてはあとで忍足くんが教えてくれたまがい物の記憶に過ぎなかった。
「ナオから詳しく話を聞いてて、みょうじさんの役に立ててよかったわ」
彼は毎日見舞いにきてはそう言ったけど、心が割れたままの私が嫌になったのか、一週間ほどすれば会いに来なくなった。それでいいのだ、とも思った。結局私は誰かと仲良くなれば、その誰かを不幸にしてしまう。一番大切な人まで殺してしまう。そういう観念を持ち始めると、入院している間にそれを解くためのカウンセリングを何度も受けさせられた。精神科医師と話していると、そのうさんくささに嫌気がさした。馴れ合いはもううんざりだ、と手当たり次第ものを投げたこともある。誰もこの気持ちを分かってくれる人はいない。いてはならない。私にはナオしかいないのだ。
毎日ナオの夢を見ながら過ごして退院した。その頃にはもう三学期が終わりかけていた頃だった。
初めこそクラスの女子が話しかけてくれたりした。けれど、それもだんだんなくなっていった。私の態度が悪かったからだろう。人を寄せ付けないために、ナオに出会う前のように陰気な生活を始めた。
おかしな噂を聞いたのは、その頃だった。
「みょうじなまえは、白石くんやテニス部にもっと接近するために、白河ナオを殺した」
私はその噂を肯定した。テニス部に接近するためだとは考えていなかったが、ナオを殺したことに変わりないからだ。それが彼らに火をつけたのだろう。
「私が殺した」と言ってからは、何もかも自分の思い通りのことが起こっていった。誰からも話しかけられなくなり、いじめが始まった。一年生のときよりも凄まじい日々だったが、これでみんなが私に近付かないでいてくれるなら安いと思う。
一度、三学期の終業式の日に白石くんに呼び出しされた。彼も私と同じように、ナオが死んでからは心が空っぽになってしまったようだった。
「ナオの代わりに死ねばよかったのに」
言葉は時としてナイフになり、私の砕けた心に突き刺さる。こんなにバラバラな心でも、未だに血が出るのだ。今まで友人と思っていた罰だと諦めた。
そうして、だんだん毎晩見るナオの夢と過酷ないじめを受ける現実が混同して、現実が夢の中のような気分になっていった。私はそう思いながら過ごし、辛い出来事から乖離したのだ。気が狂った私が自らを殺さなかったのは、夢で会えるナオが優しかったからだと思う。そうして自分の生死さえも、また彼女すがりついていた。
彼女に依存する黒い私が、森で笑っているような気がした。「おかえり」と手を振るのだ。私はそのとき、猛烈に死にたくなる。結局は恐いから、自分を消すことを躊躇ってしまう。それをナオにすがることで乗り越えている。私の世界の中心軸はずっとずっとナオだった。
そんなとき、千歳千里が現れた。
笑って、私に名前を聞いた。その顔はナオと被って今でも離れない。何もかも違うが、ナオが戻ってきたような気がした。
しかし、それは大きな誤解だった。彼を知るうちにナオとはまったく別の人間であることに気付かされた。優しく友人として接してくれるし、いじめられている様子を傍観して欲しいと言えばそうしてくれた。合鍵をくれて隠れ家で暮らした。時間を共有するほど、ナオとは違った気持ちが溢れ出してくるのが分かった。
けれど、どこかでナオに罪悪感があったことも事実だった。ナオはきっと寂しいんじゃないだろうか、と思うと胸が痛んで苦しくなった。かと言って、『千歳くん』という安心できる唯一の場所を失いたくなかった。私はもう限界だったんだ。
私は袋の中から先程買ったものを取り出す。緑色のパッケージのピアッサーだ。ファーストピアスとして十二月を表す青い石がついている。私はそれを千歳くんに渡して懇願する。
「これで、私にピアスを開けて欲しい」
「…」
「一つは、ナオのことを忘れないため。もう一つはこれからの千歳くんとのつながりを覚えておくため」
震えた声で言うと、千歳くんはピアッサーを持ち開封し始めた。そして私の冷たくなった左耳に触れる。温かい手だ。
「なまえ」
「…」
「なまえは、この十二月を忘れたらいかんばい。親友のためと、自分のためと、俺のために」
瞬間、ちくりと痛みが走り、私の左耳に穴があく。
「なまえ、好き。俺と付き合ってくれんね」
この痛みとともに、私は彼の言うようにすべてを記憶していなければならないのだ。
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