you must remember december | ナノ
みょうじなまえ編、九
人生で初めてのことをするのは勇気がいる。経験したことのみでは生きてはいけないし、自分の人生を豊かに開拓するために新しいことに着手する。それは誰でも前進するためには必要なことだ。
私は友達という自分に欠如していたものを得て、たくさんの初めてを経験してきた。プリクラも、嫉妬も、部活も、喧嘩も、遠足も、私にとって掛け替えのないものをナオという友達はくれた。私はナオに何をあげられていたのだろう。「思い出を共有することが友人だ」とナオは言ったが、私はナオと上手く共有が出来ているのだろうか。
「―――ねえ、なまえ」
「えっ、ああ。何の話だっけ?」
「もうっ、高校の話じゃない」
ナオにそう言われて自分が上の空であったことに気付いた私は、ようやく自我を取り戻す。十一月二十三日。私はこの日も初めてのことを経験していた。
時刻は十時。見慣れない部屋にいる。私はこの日、初めて友達の家に泊まりにきていたのだ。それも大親友・ナオの家ではない。ずっと友人のいなかった私が男の子の家に、だ。
主催である忍足くんの部屋は広く、綺麗に整理されていた。白石くんも含めた四人で部屋に居てもまったく狭さを感じさせないほどで、今日はここでみんな雑魚寝をするらしい。お風呂に入ってから集合したため、部屋中にはシャンプーの匂いが充満している。私達は翌日の宿題を分担してやり終えた後、眠くなるまで他愛のない雑談をだらだらとしていた。
親にはしっかり「ナオの家に泊まる」と言っていたのだが、私は親に嘘を吐いてしまった。男の子の家だと言うと、ややこしいことが起こりそうだからだ。仕方ないとは言え、私はなんとなく今まで親についたどの嘘よりも重いような気がして、到着後は少し後ろめたさを感じていた。しかし、いつもは一緒にいない時間を四人で共有することは、私が前進するために必要なことだと頭の中で言い訳して正当化する。楽しすぎて罪悪感は薄れてしまったのだ。
私達四人はすっかり仲良くなっていて、もう親友と呼べるまで成長していた。明日の朝、私達はここから四人で直接学校に向かう。テニス部の朝練には部外者である私も顔を出す。いつも一緒にいる。これが友達なのだ。私は頭の中で、母の顔を消して言い訳する。
雑談の内容は些細なことだったが、途中でいろいろ変な考えを巡らせていたせいもあり、少し聞き流してしまっていた。どうやら今は、高校の話をしていたようだ。ナオは話を続ける。
「高校は絶対、そこに行きたいなあ。だって制服可愛いんだもん」
「女子はみんな一回憧れるとこやな」
「制服なんてどーでもええわ」
「どうでもよくない!ねえ、なまえ?」
「えっ、ああ。確かに…可愛いにこしたことはないね」
「でしょ?」
ナオは同じ中学の子達の多くが進む隣接した四天宝寺高校には進みたくないらしく、少し遠い高校のことを話していた。私も調子を合わせていたが、正直その学校をよく知らない。それに、まだ中学二年生だし真剣に自分の進路を考えたことはなかった。小説が好きなので国語の教師になりたいとは思っているが、実現するにはもっと勉強が必要だろう。できるなら、自分の経験を生かしてもっと心の痛みの分かる教師になりたい。
「どうでもいいってことは、白石くんは同じ学校には行かないの?」
「いや、そんなことあらへんで。薬学の進学率もあるみたいやし、謙也も同じ高校目指しとるしな」
「俺も医学部目指したいねん」
「すごいね!みんな結構調べてるんだ」
「ナオがうるさいから、しゃーなしやで」
みんな真剣に将来を今から考えているんだと思うと私は少し自分の浅はかさにドキッとしてしまう。私なんて漠然としたビジョンしかない。
ナオは何か閃いた顔をしてにんまりと笑っている。その顔は以前、ゲームセンターに行く前に見た顔と同じだ。私はなんとなく今から彼女が言うことが分かったような気がして、彼女よりも先に口を開く。
「だったら四人で行こうよ。高校も」
「なまえ、本当?私も今、それ言おうとしてたの!」
「うん、本当。私、まだちゃんと考えてないけど教師になりたくて」
「ぴったりやん!」
「さっきの宿題の教え方も上手いし、みょうじさんによう似合ってるわ」
すごく嬉しかった。みんなが教師になるという私の漠然とした夢を形にしてくれた気がした。喜ばれたという理由だけで、思いは強くなってしまう。私は尚も話を続ける。
「友達がいない子にも、率先して声をかけてあげたい」
「ええな!」
「なまえ…!その夢、すごくいいよ!応援する!高校も同じ学校に行こうね!」
「あとはナオだけやで?将来なりたいものないの」
「そうだねえ。当分は可愛い制服を着ることが夢かな」
頭を掻きながら言うナオは苦く笑った。私達は将来、大人になってもこうして笑えているはずだ。お互いの夢を実現させて、今日のことを思い出して微笑無のだと思う。私はその時のために、みんなの顔を覚えておこうと私は記憶に焼き付けた。そのときふと、全員の将来の顔まで見えた気がした。
お医者さんになっている忍足くんと、その処方箋を出す白石くん。私が生徒から流行の風邪をもらってしまって、私達は再会する。肝心のナオは、きっと。
私はナオの将来の顔を見て、微笑みが止まない。その表情はきっと「消灯」と忍足くんが電気を消したおかげで誰にも見られずに済んだだろう。
私はナオの隣に寝転んで毛布を分かち合う。随分寒いから、彼女に風邪を引かせたくなくて若干ナオの方に寄せる。しかし、ナオもそう思ったようで私の方に毛布を寄せてきた。私達はどちらからともなく、穏やかな笑みをこぼす。
「せや!ええこと思いついた!」
「なんやねん、謙也。急にでかい声出すなよ」
「一ヶ月後の十二月二十三日。ここでまた集まって四人でクリスマスパーティーしよや。プレゼント交換して、ケーキ食って、たこ焼き食うてー、それからー!」
「なんぼほど食うねん…」
「でも、賛成!」
「私も賛成!」
「決まりやな!」
忍足くんのアイディアに心が躍った。またこうした楽しいお泊まり会が開かれるのだと思うとワクワクする。初めて友人とクリスマスプレゼントを交換する私は何を買えばいいのかさえ考えているだけで胸がいっぱいになる。
ナオが私の方に寝返りをうって、向き合う体勢になった。私は漫才会話を続ける白石くんと忍足くんを放っておいて、さっき見た将来の顔のことをナオに小声で話した。
「ナオの将来の夢ってさ」
「うん」
「もしかして、白石くんのお嫁さん?」
「えっ、ええっと…まあ、そうだね」
「やっぱり」
「なんで分かったの?」
「なんとなく」
なんとなく、ナオの将来を浮かべたときに綺麗なドレスを着た彼女が浮かんだのだ。私は改めて確信を持ち、ナオに微笑みかける。
「白石くんには言ってないの?」
「言ってないよ。恥ずかしいもん」
「喜ぶと思うけど」
「じゃあ、クリスマスパーティーのときに言ってみる。それが蔵へのクリスマスプレゼントってことにして」
「いいね」
ナオは恥ずかしそうに毛布に潜った。私は近くにあった星形のクッションを枕元に引いて眠りにつく。
この時、ナオがそれを伝えることは容易いことだと思っていた。けれど、その機会は紛れもなく私が奪い取ったのだ。
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