you must remember december | ナノ



みょうじなまえ編、八



 遠足は奈良を自由散策という何とも適当なもので、その適当さは委員会で制作したしおりの『現地集合現地解散』の文字にも表れている。そこが四天宝寺らしさでもあると、表紙を制作した私は思う。

 季節はちょうど紅葉が美しい十月で、私とナオは公園を中心に紅葉狩り兼散策をすることを前もって決めていた。そこに急遽白石くんと忍足くんを加えて、現在は四人で鹿を警戒しながらお昼ご飯を食べている。警戒というのは、さきほど忍足くんが好奇心で鹿に触れて襲われた挙げ句、私達の周りにはお弁当を狙う鹿が何匹もいるからである。
 ちなみに彼らに声をかけたのはナオではなく私だった。私はナオと仲直りをしてから、随分急速なスピードでクラスに溶け込んでいる。派手な女の子には抵抗があって未だに話しかけづらいが、それでもだんだん私の存在を些細なところで気付いてもらえるようになった。ナオの力は極力借りない。自分がまずは変わらなければ何も前進しない。これは私が自分で決めたことで、私が実践していることだ。



「鹿に襲われた時はどうしよか思たけど…。まあ、でも、ええ天気でよかったな!」



 忍足くんが背伸びをして言う。ナオとのすれ違いの原因は一理彼にも関連していたものの、彼との距離は結局何も変わっていない。ナオはあれ以上何も言わなかったし、彼も私に特別なことを言ってくることはなかった。ただ、話すことは以前よりもずっと多くなったと思う。私の性格が明るくなったことに一番早く気がついてくれたのは、他の誰でもなく忍足くんであり、そのことをすごく喜んだのも彼だ。私は彼がそういう面に敏感であることを感じ取り一目を置いているものの、恋愛感情で見ていると言うことはない。あくまで友人だと思う。



「小春やユウジらも誘ったら、意外と来てくれたかも知らんで?」
「一応、みんなに声かけたんだよ。なまえが」
「へえ!ほんま、みょうじさん、ナオと接するようなってから感じ変わったなあ!前よりめっちゃええわ!」
「ありがとう」



 私は純粋な気持ちでお礼を忍足くんに言った。何がどうよくなったか分からないが、私は着実に前へと進んでいる気がするのだ。ナオを見ると、彼女も嬉しそうに笑っている。その笑みがとても心強い。

 私が大きく変わったことは、実はもう一つある。それは白石くんとナオのやり取りを見ても、まったく嫉妬しなくなったことだ。むしろ、こうして仲睦まじくしている二人を見ていると心が和むような気分になる。今もナオが水筒から暖かいお茶を注いで、白石くんにあげるという些細な行為だけで心が温かくなる。
 あの日の夢の中の森で、妬む心を持った醜い私は死んだのだ。私は今の気持ちを持って、それを確信する。

 彼らを見ていると、私はふと疑問がわいた。私は彼らと仲良くなってもう半年が経つわけだが、どうして彼らが付き合うに至ったか今まで一度も聞いたことがなかったのだ。委員会や部活で仲良くなったと考えるのが自然だと思う。しかし、その詳細を私は知らない。



「ねえ。二人ってどうして付き合うようになったの?」



 思い始めたら気になって、私は気がつくと口を開いていた。しかし、私の疑問に、まるで時が止まったように動かなくなってしまった二人。共に、頬を紅葉のように赤く染めている。
 忍足くんが驚いた声で『知らんかったん!』と絶叫する。私が頷くと、彼は動かなくなった二人へ援護射撃をしてくれた。



「なあなあ、なんでなん?言うてーやー、白石!ナオ!」
「うっさいわ、謙也!お前知っとるやろ!」
「あっそ。ほな、俺が話を三割増してみょうじさんに話したるわ」
「話盛んな!っちゅーか、それやったら俺らでちゃんとみょうじさんに話すし!」



 私は彼らのテンポのいい漫才のようなやり取りを笑う。先日はボケとツッコミの役割が逆だったように思うのに、器用な人達だ。
 そんなことを考えていると、ナオが上気した顔のまま私に切り出した。



「蔵とは一年のとき同じクラスで、白石・白河で出席番号が前後だったんだよ」
「せや。ついでに小学校も一緒やったから、もともと仲良かってん。ほんで担任に委員会決めんときに即決されてしもてな」
「それから蔵に誘われて、マネージャーを始めたの。…でも、これがもう本当に最低!」
「雑用は多いし、先輩からいじめられるし…。そら最低やわ。俺やったらやめてまうで」
「根性だけはあんねんなっ、ナオ」



 それから白石くんと忍足くんがナオを促すように昔のエピソードを交えて話してくれた。今ではマネージャーの鏡だと言われているナオでも最初はヘマばかりしていたこと。いじめられても、決して人前では泣かなかったこと。そのせいで事態の発覚が遅れたこと。しかし、そんな彼女は、チームが負けた時は誰よりも早く泣き始めること。
 私は思い出を振り返る彼らを羨ましく思いながら、誇らしい気分だった。私の親友は愛されているんだと思う。ナオは幸せそうだった。



「肝心の話が脱線してしもーたな」



 白石くんの一言で、彼らの馴れ初めへと話は移る。私が催促するように『それで?』と言うと、ナオは再び照れながら私に口を開いた。



「あのね。私が女子の先輩から呼び出されて文句を言われてるときに、来てくれたの」



 ナオが指差した先に、謙遜からか目を伏せている白石くんがいる。それを見た忍足くんの意地悪そうな顔も、私は見逃さなかった。



「白石な、頭下げてんで?」
「おい、謙也っ!それだけ言うたら俺、めっちゃ格好悪い奴なってまうやん!」
「『白河さんをいじめるのはこれ以上、やめてください』って頭下げてくれたの」
「…無駄ない行為やろ?」



 私は彼に尋ねられたことに深く頷いた。確かに無駄のない、彼らしい行為だ。暴力に出ることもなく、穏便に解決できる方法だと思う。私はもう物語の結末をほぼ理解し、それに確証を持たせるためにナオを見た。



「それで、ナオが好きになって告白したんだね?」



 ナオは頷いた。私はてっきり白石くんからだと思ったが、そうではなかったのかと合点する。白石くんは恥ずかしそうにしていた。

 私は話を聞き終えて、とても満足だった。これでまたナオや彼らのことに詳しくなった。思い出を共有することが友人だ。期間は関係ない。



「さて、これからどうしよっか?解散あとはどこか行く?」
「また四人でゲーセンでも行くか?」



 ナオは時計を見ながら話を提起する。ゲーセン案を出したのは白石くんで、忍足くんもそれに乗っかろうとしていた。私は彼がその案に乗ってしまう前に、自分のアイディアを形にしたくて忍足くんの袖を引く。



「ねえ、忍足くん。私、家族にお土産買いたいからよかったら付き合ってくれないかな?」
「なまえ?」
「みょうじさん?」



 ナオと白石くんは驚いたような顔をしている。私が忍足くんだけを誘ったことは初めてだったからだ。だが、頭の回転も速い忍足くんは一瞬で私の考えを悟ってくれたらしい。



「おおー、せやな!俺も東京の従兄弟に送ったろかな?アイツ、意外に甘いもん好きやし」
「どうせなら今から見に行かない?」
「ええな!そうしよか!」



 私は手早く荷物をまとめて、カバンを背負う。そして、呆気にとられているナオと白石くんに手を振って忍足くんと歩き始めた。



「ほな。解散」
「また明日ね」



 しばらく離れたところから、堪えきれなくなったようで忍足くんは笑い始める。私もつられて声をあげて笑ってしまう。



「たまにはあいつらだけでデートさせんとな」
「そうだね」


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