06,



真田に会ったその日に、しばらく社員研修で東京に滞在していたなまえに『ブラジルに行くかもしれない』ということを電話で伝えることが出来た。前よりもずっと、勇気を持って話せた。
そして、俺は久しぶりに仁王の教えを思い出して選択できる告白の方法をとる。この方法が一番、なまえを尊重できる方法だと思った。



「まだ本当に決まったわけじゃねえからなんとも言えねえけど、そうなったときは俺たちのベストな選択を考えよう。どうだ?」
「……」
「なまえ?」
「ジャッカルくん…私、そうなったら答えは1つのような気がするの」
「…どんな…?」



神妙な声に聞くのを一瞬ためらった。しかし、好奇心に負けてなまえが話す前に催促してしまう。

そして、それは後悔しそうだった。なまえの選んだその選択に、俺は受話器を落として硬直してしまったからだ。



『…私は、一緒には行けません…』









「ジャッカルの失恋会場ってここ?」



居酒屋にて急ピッチでビールを浴びる。みんな何も言わずにとりあえず腫れ物に触るような態度だったのに、遅れてきた幸村が俺にとどめを刺した。しかも、到着して3秒。早すぎるとどめだ。

久しぶりにブン太以外のメンバー全員が集まった小さな同窓会だっていうのに、本当にここは俺の失恋を慰める会場と化していた。むしろ葬式会場に近い。


幸村は俺の隣に座ってのっけから白ワインをボトルで頼んでいる。付き合ってくれるのは有り難いが、これ以上傷は抉らないで欲しい。まあ、そんなこと期待したって幸村には届かないだろうが。



「彼女にふられただけじゃないか。女の子なんていっぱいいるよ?」
「…なまえは世界に一人だ」
「重症だね」



幸村は頬杖を付きながら机に伏せて半泣きの俺を見下ろす。さっそく来たグラスに片手でワインをついで、それを一気に飲み干した。



「どうして『一緒に行けない』なんて言われたの?」
「…仕事も始めたばっかりだし、社会人として途中で投げ出すような無責任なこと出来ないって。それに、遠距離恋愛には自信がないって。ただでさえ今、なまえは一人で東京に居るし研修もいっぱいいっぱいみたいで…」
「…ってのは建前でー…変な男に引っかかったんじゃない?ほら、ちょうど赤也みたいな」
「いっ!?急に俺に話ふらないでくださいよぉ!」
「ふふふ」



幸村は遅れてきたのにもう既に話の中心に入っている。俺にはこいつがどこまでも羨ましい。テニスの腕も、頭脳も。
きっとなまえも幸村だったら、『一緒に行きます』なんて簡単に言ってしまうんだろう。

でも、俺だから。俺は無個性だし、あいつに何もしてやれねえし…。研修で不安がってるなまえを追い込むように異動の話とかしちまうし。ああ、俺って最低じゃねーか!


考えてたら泣きたくなってきてビールのジョッキに手を伸ばす。しかし、それは上手く捕まえられず急に宙に浮いた。幸村が意地悪するようにジョッキを持ち上げたからだった。



「どうして今、会いに行かないの?」
「ああ?」
「彼女を不安にさせたっていう意識はあるんでしょ?なのに、なんで会いにも行かずにここで飲んだくれてるの?あれ、ジャッカルってそんな奴だっけ?俺の見込み違いかなあ」



持っていたジョッキを俺の手元に押し付けながら、幸村は笑った。まるで飲めと言われているようだったが、もうこんなことまで言われて飲めるわけがない。

俺は頭を抱えて悩んだ。
幸村の言う通りだ。自分の出来の悪さを卑下する暇があるなら、どうしてこの足を前に出さない。どうしてなまえに会いに行かないんだ。馬鹿だろ、俺。

俺は荒々しく席を立つ。少しふらついたが、幸村が支えてくれた。



「いってらっしゃい」
「…おう!」
「代金は結婚式でもらうよ。覚えておいてね」
「ああ!」



俺は走り出す。途中でみんなの見送る顔を思い出して、目頭が熱くなった。


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