04,
そして、大学卒業前。
ギリギリ卒論も提出に間に合ったし、なまえとの関係も順調な俺はもはや敵などいないかのように絶好調だった。早く卒業して、社会人になって。なまえと家庭が築けるまでに成長すればいい…なんてそんな夢を見ていたりする。
しかし、夢とは言えその願いを現実にしたいと強く願う自分もいる。俺となまえならきっと、上手くいくに違いない。
「―――その確率は80%」
残り少ないキャンパスライフを謳歌するように、なまえと放課後に談話室で話していると柳が通りかかった。柳はこのまま研究者として大学院に進むらしく、卒業式前だっていうのに勉強に急がしそうだった。本物の教授でマスターになる日も、そう遠くない。
ちなみに柳はなまえと面識があった。柳はテニスサークルの他に文学研究同好会というものを創設し、なまえもその一員になっているらしい。初めて知った時は、身近な友達と彼女が通じてるってだけでかなりびっくりした記憶が残ってる。
その柳がくすりと悪戯っぽい声で不吉なことを言うから、俺はとたんに不安になった。柳の計算は怖い。きっと、それを知るなまえだって同じ気持ちだろう。
「なんで100じゃないんだよ。嘘でもそこは100って言ってくれよ」
なまえもすごい勢いで頷く。しかし、柳は頑に変更してくれなかった。
「これから2人の環境は変わる。当然時間のすれ違いなどあるだろう。特に社会人のジャッカルは付き合いなどで関係をおろそかにする場合もある。みょうじも卒論があるだろう?お互いの環境の変化は要注意だという意味を込めて80%とした」
「…」
「環境の変化は恋愛の変化でもある」
文豪のようなことをきっぱりと述べる柳に、それまで頷いているだけだったなまえが口を開いた。
「私は…この先どんな変化があろうとも、ジャッカルくんを嫌いになることは…嫌いになることだけはありません。たとえ、環境の変化で別れが来たとしても、それが2人にとっての最善だと思います。私達は常に、”最善を尽くして”付き合っていますから」
これには俺も柳も舌を巻いた。
いつも、横でのほほんと笑っている女だとは思っていたが、そんな風に俺たちのことを考えているとは知らなかった。俺は何も言う言葉がなくてただただ押し黙る。すると、なまえが表情をいつもどおり崩した。
「…これで、2%くらいは上がりましたかね?柳先輩」
「ああ。2%とは言わず、10%あげてもいい。残りの10は…ジャッカル」
「え?」
「お前はどうだ?みょうじはこう言っているが」
急にふられた話に躓いた。何も考えられないほど真っ白な頭で、残りの10%をあげられるのだろうか。とんでもないプレッシャーを感じる。
しかし、俺はさっきなまえが俺にくれた言葉にまるで返事をするように自分の内側から出る言葉を紡ぎ始めることにした。話の順序も、なにも一切を無視して。
「俺は…なまえの笑顔が好きだ。だから、俺はなまえをずっと笑顔にしたいと思う。2人の変化で別れをどうしても選ばなきゃいけないとしても、俺はなまえが笑えるような選択をする。なまえが笑えるなら、俺もずっと、笑える」
無言になった談話室にはっとして、2人を見ると優しげに微笑んでいた。特になまえは少し目が潤んでいる。俺は急に自分が何を言ったか思い出せないほど動揺した。
そんな俺をよそに、柳が席を立つ。
「どうやら見せつけられてしまったようだ」
「や、柳…」
「大丈夫だ、確率は確かに上がった。そして俺の予測は外れない」
上手く引き止めることが出来ず、立海の参謀は微かに笑らったまま俺達に軽く手を振った。
「お幸せにな、二人とも」
柳を見送ったシーンの後、ビデオを見ながら俺となまえは顔を見合わせてどちらからともなく笑う。
『お幸せにな、二人とも』
この言葉を柳から聞くは、今日の結婚式中で2度目だった。
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