03,
柳生にもらったチケットで映画を観てから、俺たちの関係はぐっと深まった気がする。
みょうじさんは映画の後、俺に『また一緒に出かけたい』と実に前向きなコメントをヒヨコの絵文字とともにメールしてくれた。
当の俺は有頂天で、それから彼女にたくさんメールをしている気がする。負担になるかも、と考えるのに我慢が出来ない。もっとみょうじさんと話がしたくて、時間がいくらあっても足りなかった。
みょうじさんも返してくれる時間は比較的かかるものの、俺のメールに丁寧な返事をしてくれる。それに飛びつくようにメールするのが俺…なんだかガキくさいけど。
俺は恋愛において結構肉食系な方らしかった。らしいと言うのは、赤也にこの前ニヤニヤしながら言われて初めて気がついたからだ。
何度か2人で飲みに行ったり、誘って出かけたりした。その度に嬉しそうにみょうじさんは俺に笑いかける。
何度も『楽しい』とか『一緒にいると、時間が経つの早いですね』なんて、俺が言えないことも簡単に言えてしまう彼女に、口下手な俺はただ頷くしか出来なかった。
「…じゃけど、まだ告白しとらんの?」
「ああ…まだ心の準備がよ」
仁王はそれまで前のめり気味だった体をため息とともに伸ばした。まるで『馬鹿だ』と言わんばかりの態度に俺は焦ってしまう。
第一、仁王と俺じゃ恋愛経験も差があるし、俺は仁王みたいに言葉も上手くない。みょうじさんが何を言えば喜ぶかもよくわかってない。
「どうすりゃいいんだよ…」
俺がそう小声でつぶやいたのを聞き逃さなかったようで、心理学部のホープと呼ばれているらしい仁王が俺にもう一度詰め寄った。
「俺が心理学上の、告白4か条を教えてやろうか?告白の勝率がグッとあがるぜよ」
「なんだよ、それ!?」
「ただし。4か条にちなんで400円のデミグラスオムライス」
「…お前らって、本当に仲いいよな…」
先日の柳生を思い出して呆れたように言ってみたものの、心理学なんて学んだことない俺には未知の領域だったし、400円という良心的な値段にもすがる思いで財布を取り出した。仁王は口元を上げている。『ちょろいもんだ』って顔に書いてある気がしたが、無視することにした。
食券買ってその切符大の小さな紙を手渡し、改めて食堂の椅子に座る。仁王は俺に微笑んだ。
「ええか?今から俺が言うことは嘘偽りない。ペテン抜きじゃ。中学からのなじみの幸せになって欲しいキャラ1位のお前に俺が直伝する告白の4か条」
「…もう何でも来い」
こうして俺はその伝家の宝刀を学ぶ。つらつらと出てくる仁王の巧みな話術はさすが心理学部と思わざるをえない。
4つの項目すべてに心理学上の理由を付け加えられたら、知識もない俺に返す言葉は見当たらなかった。
◇
仁王直伝のそれらしい告白4か条を俺は試すべく、さっそく19時にみょうじさんと待ち合わせをした。
時間は仁王が言っていた項目に当てはまる。『告白するなら夜がいい』らしい。説明はよく理解できなかったが、そういうデータがあるそうだ。
あと『告白は出会って3ヶ月以内』にすること。これはまだ超えていない。『告白前は何度か2人きりで会うこと』と、これも出来ている。
つまり、4か条のうち2つは既に俺が行っていたわけだ。400円じゃなくて、200円のうどんでよかったんじゃねえの?って思いながらも、みょうじさんをひたすら待つ。
「ジャッカルさん!急に誘われたんで、びっくりしました。お話って、何かありましたか?」
「いやっ!その…あ、あの…」
「はい」
時間は既に通常授業が終わっている時間帯だったが、サークル活動をしている奴や、友達と話し込んでいる奴、物好きにも勉強してる奴など校内にはたくさんいた。みょうじさんは後者の物好きだったらしく、まだ学校にいて助かったと思う。
俺は待ち合わせのキャンパス内のベンチで他に視線を投げながら言葉を考えた。
しどろもどろになる自分をどうにか落ち着かせようと必死で酸素を吸う。みょうじさんはそんな俺をまた笑っていた。
「ジャッカルさん」
「ん!な、なんだ?」
「私なんとなくですけど、ジャッカルさんのお話わかっちゃいました」
「え、ええっ!?」
「でも、こういうこと私から言うのは野暮だと思うので。ジャッカルさんのタイミングで大丈夫です。落ち着いてください。あと…ドキドキしてるのは、私も同じです」
思いがけない言葉を言って赤くなって押し黙るみょうじさんが可愛くて。俺は自分も同じだと言う彼女の手を、誰にも見えないように握った。
「みょうじさん」
「はい」
「…俺たち、付き合わねえか?」
こんなに大事なことも目を見て言えない自分が情けない。しかし、みょうじさんは突然握った手に文句も言わずに、むしろその手に力を込めて笑った。
「はい。こちらこそ、お願いします」
俺はその笑顔に死ぬほど安堵し、心の中で仁王に謝る。
やっぱり400円でいいっつーか、400円でも足りねえかもしれねえ。
『告白は"好きです"ではなく、"付き合ってください"などの選択できるものにすること』
この仁王の4か条のおかげで、俺達はこの日から付き合うことになった。
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