02,
ケータイを見つめて何度も親指を滑らせては、打ち込んだ文字を消去していく。結局なんと打てばいいのか分からなくなってモヤモヤした。
本当は分かってる。たった一言『明日ヒマか?』って聞けば終わる話なんだ。
「どうかしましたか?」
「うわっ!…って、柳生じゃねーか。久しぶりだな!」
「お久しぶりですね、学部が違うので皆さんにお会いする機会が少なくて残念です」
「それ、この間幸村も言ってた」
雑談に付き合ってくれるのか、柳生は俺の前に座る。
食堂の机の上には俺には到底手が出ないような分厚い本が山積みにされたが、劣等感を抱くのが嫌で突っ込むのはやめた。柳生は眼鏡をあげて、足を組むと俺にもう一度質問を投げかける。
「それで。どうかしましたか?随分悩んでいらっしゃるようでしたが」
「ああ…実は、今ちょっと気になる子がいて。なんてメールしたらいいかなって」
「青春ですね」
柳生が微笑む。
唯一の常識人と言っても言い過ぎじゃない柳生とは、ずっと中学の頃から気が合うと思っていた。俺を変に茶化したりしないし、迷惑も押し付けない。ブン太とはまるで違うぜ。
俺は柳生の本の傍にケータイを投げ出して、頬杖をついた。とりあえず今の俺は青春しているように見えるらしい。こんなに意気地のない俺なのに、笑っちまうよな。
「正直になるのが一番の解決策ですよ。デートに誘いたいなら紳士に対応してみてはいかがです?」
「俺はお前と違って、紳士的な態度はなあ…」
「何事も自分を押し付けてはいけません。特にレディに対しては」
「うん…そうだな」
柳生はまたも微笑んでそして自分のカバンから手帳を取り出す。何をするのかとボーッと見ていれば薄い紙を2枚取り出した。
「こちらを差し上げましょう。有効にお使いください」
「これ…最新の映画の前売りじゃん?柳生のだろ?もらえねーって!」
「いえ、結構です。君が幸せになるのでしたら、私が一肌脱ぎましょう」
「でも…」
「アナタは誘う理由が欲しかったというよりも、背中を押して欲しいだけではないですか?」
突き出された2枚のチケットを見る。
そうか、本当に柳生の言う通りかもしれねーな。誘う理由なんてなくてもいいけど、ただほんの少しの勇気だけが欲しかった。それをこのチケット、もとい柳生が今くれている。
俺は片手でそれを受け取って、自分の頭をかきながら礼を言う。柳生は幸せそうに笑った。
これで、みょうじさんを誘える。柳生の思いを無駄にしないためにも、俺はそうしなくちゃいけない。そう思った矢先、柳生が俺ににこやかな口調で言った。
「お礼はここの名物、デミグラスオムライスで結構ですよ」
「って、結局それかよ!」
「実は昼食を食べ損ねまして。財布も忘れてしまったため、困っていたんですよ」
「…お前、本当は仁王じゃねーの?」
「心外です。もし彼なら映画のチケットまでは用意できません」
まあ、確かにそうかもしれねーな。でも、もうどっちでもいいわ。
俺は自分のカバンから財布を取り出して、映画のチケットを仕舞う。そしてそのまま食券を買いに席を立った。柳生は俺に一度だけしたたかに礼を言うと、自分が持っていた本をパラパラと読み始めている。
本当に、立海メンバーはみんな怖いよな。と、俺はため息を吐かざるを得なかった。
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