time waits for no one | ナノ

12,



「なまえ…?」



その声に彼女は何も言わない。



「なまえなんでしょ…?」



鼻をすする音が聞こえた。彼女はまた最後にあったときのように自分を責めて泣いているんだろうか。

すぐにそのカーテンを引いて抱きしめて『なまえのせいじゃない』って言いたいのに、この動かない体が憎い。好きな女の子にも触れられない、この体が。



「…幸村…久しぶり」



彼女はやっと発した。小さな声だったけど、声色は気丈に振る舞っている。相変わらず顔は見えない。



「体調はどう?」
「いいとは言えないけど、こうして生きてる。…また、君と話が出来るとは思っていなかった」
「…」
「ねえ、なまえ。顔を見せてよ」



カーテンの裾から彼女の靴が見えて、それが少しだけ動いた。ためらうように、そこを頑なに動こうとはしない。なまえから近付いてくれないんじゃ、俺は動けない。それを分かっていて、彼女は俺に顔を見せようとはしなかった。


動ける足が欲しい。抱きしめる腕が欲しい。けれど、俺はただ唇を噛んで堪えているしかできないんだ。なんて皮肉なことだろう。


しばらく沈黙していたが、再び静寂を破ったのはなまえの方だった。



「…幸村。私、怖かったの」
「…」
「…幸村のこともだし、幸村のことを好きになりそうな自分が居ることが」



なまえのその恐怖の対象が俺には驚きだった。なまえもやっぱり俺のことを嫌っている訳じゃなかった。純粋にその言葉が嬉しくて、俺の心臓は鼓動を増す。

好きになればいいのに。好きになってよ。言えない身勝手な言葉を、俺はゆっくりと飲み込むしかない。



「けど、それは駄目なことで、決して許されることじゃないから。時は誰も待ってくれないし、いつかは別れも来る…私はそれが怖い」
「……」
「カメラをやり始めたのだって、時を一瞬でも止めたかったから。でも、そんなの結局出来っこない」



そう言ったきり、なまえはまた泣き出したようだった。あんなに元気で、いつも馬鹿みたいに笑っていた奴を、俺は苦しめて泣かせてばかりだ。


時は止められない。その通りだ。けれど、俺はこうして10月のあの日から止まっていて、みんなに置いて行かれているような気がして仕方ない。夢の中でさえ、たまにみんなは俺を置いて行く。


そうだ、あの二連覇した日。
あの日も俺は一人で過去のことに引きずられて泣いて、足踏みをしていたんじゃないか。うれし泣きの意味もあったが、止めらない涙にはそういう意味もあったように思う。未来に向かう不安に俺はあのとき怯えていたのかもしれない。

そのとき、なまえが来た。あの日、なまえが俺に手を差し伸ばしてくれたんだ。


今度は俺がその番なんだ。



「ねえ、なまえ。今さら告白の返事をしなくったっていい。でも一つだけ、君に言いたい」
「…」
「俺は必ずこの病気を克服して、君に立海の三連覇を見せてあげる。時は確かに止まらないけど、傍らで君が写真に残してその断片を持っていればいい。それで、三連覇したら…」
「…」
「俺の彼女になってくれないか。別れは来ない、約束する」



しんと静まり返る病室に2人きり。ときどき漏れる彼女の嗚咽さえ愛しい。



「それなりに自信あるよ?でも、まずは見てて。こんな病気、すぐ治してやるからさ」



俺が笑ってそう言ったとき、カーテンは開けられなまえが飛び出した。真っ赤にした鼻がまるで赤鼻のトナカイのように見えて俺は笑ってしまう。そうか、これが彼らの言うとっておきのクリスマスプレゼントだったのか。


なまえに手を伸ばしてようやく俺は彼女を抱きしめることが出来た。絶対に病気に打ち勝ち、三連覇を成し遂げる。そして、彼女を幸せにすることを俺はこの温もりに誓おう。



time waits for no one
Chapter.01 taneri end


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