神様の部屋 | ナノ
12、
なまえの家のびっしりとつまった本棚に、俺は買って来たばかりの小説を入れた。振り返るとなまえがにっこりとこちらを見ている。偽りのない笑みだった。
「学校に行ったのだろう?どうだった?」
「先生にすっごく怒られたけど、でもどことなく嬉しそうだった。私、あの先生好きなの」
「奇遇だな。俺も彼は割と好きだ」
俺は席に座って、出されたマグカップのコーヒーに口をつけた。彼女もそれを真似して一口飲む。
柳蓮二というただの文学少年の夏は終わり、暖かいコーヒーが美味い冬にさしかかっている。来年の春から、彼女は復学することになった。彼女の父親の印税は、なんと大学へ行くまで十分あるらしい。
「蓮二は進路どうするの?」
「立海大でお前を待つに決まっている」
「お生憎さま。私は立海大には行かない。文芸科のある大学に行く」
「…行かなくても受賞するくらいだから才能はあるだろう」
「お父さんに比べたらまだまだよ。遊馬優の娘、じゃなくてみょうじなまえの父って言わせてやりたいもの」
得意げになって彼女が言うから、実現できそうな気がして怖くなる。少し前まで自分を『亡霊』だと言っていた人間だとは思えない。
と、思ったところで俺は未だに彼女の書いた小説を読んでいないことに気がついた。
「そう言えばお前が出版社に送った小説は」
「絶対見せない」
「なに?」
「だって、なんだか…自書伝みたいなんだもん」
「というと?」
俺が尋ねると彼女は頬を赤く染めた。そして手で自分の顔を覆って、小さな声で答えた。
「蓮二のことばっかり書いてある…」
その様子が可愛くて、俺も思わず胸に来た。
「…浮かれた亡霊だな」
「え、ごめん!でも、あの時は本当に、嬉しくて…。って、そう言えば私も言いたいことあるんだけど」
「なんだ?」
「私、一応受賞は蹴っちゃった訳だけど…。でも、蓮二から何も気持ち聞いてないよ」
やはり彼女は浮かれた亡霊だ。いや、むしろ俺が既に蘇らせてしまったのかもしれない。俺は立ち上がり、彼女を立たせた。そして寝室まで連れて行くために腕を引く。
「蓮二?」
「あの時はちょうどベッドの上だったからな。続きは忠実にせねばならない」
「えっ?ちょ、ちょっと!お父さんが見てるよ」
「なまえ。お前はお前を大切にしてくれる人と、これから生きていけばいい。それが俺では不満か?」
「…い、いえ。むしろ、蓮二じゃないと…」
恥ずかしがって口ごもる彼女を、無数の本の中で抱きしめた。
Thank you very much.
Song by Depression of the Young Literati
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