神様の部屋 | ナノ
11、
落ち着いたみょうじに俺はある提案をした。それは、あの神様の部屋に入ってみないか、という事だった。彼女が言うには、遊馬が死んだ時から部屋はそのままらしい。俺は彼女の分岐が、あの部屋にある気がしてならなかった。
「大丈夫だ、俺がついてる」
みょうじはしぶしぶ了承した。
重苦しい部屋を開けてみると、埃っぽい部屋だった。だが、本の数はかなり多く、床には原稿用紙がバラバラになっている。みょうじはぼうっとその部屋を見ていた。きっと当時のことを思い出しているのかもしれない。
俺は机の上にあった『神様の部屋』の手書き原稿を見付けた。そして一番最後のページをめくる。そこにはあの男が死ぬシーンが美しい文字で描かれていた。久しぶりに読み返してみれば、俺は彼が死ぬこの文に着目する。
『背伸びをしたとき、ふと、私の頭にとある人の顔が浮かんだ』
俺にはこれが、みょうじのことを言っているような気がしてならなかった。
また、その事実を決定的に裏付ける物を見つける。それは机の一番上の引き出しに入ったままだった『美しい亡霊の話』というタイトルの小説だ。すべて知り尽くしていると自負する俺でも、この作品は知らない。きっとこれが彼の宣言していた「次に出す小説」という物だったのだろう。
原稿用紙の裏には大まかなプロットが書かれており、その中にみょうじの名前を見つけることが出来た。
さらに、一番最後に付属するあとがきは、まるで彼女宛の手紙のような物だった。
部屋にも入らず放心している彼女にそれを手渡すと、彼女はまた大きく泣き崩れた。俺は読むべきではないと察したためきちんとしたようには読んでいないが、内容はこうだったと記憶する―――。
『なまえ。お前が生まれたときを心から喜んだのは、母さんの次に俺だっただろう。母さんには勝てない。なぜなら、母さんは引き換えに命を落としてしまい、比べようもないから。お前を深く愛していなければ出来ない決断であった。俺は母さんを誇りに思うし、お前も負い目を感じる必要はない。
けれど、俺は少し休憩することにするよ。遊馬として生きた人生は悪くはなかったが、よくもなかった。名声を手に入れるたびに心が擦り減るようで、人間の嫌な部分ばかりを書いていたと思う。ただ、俺はお前が小説家という仕事に憧れているのも知っているよ。さすが俺の子だ。誇りに思う。
お前の生きる道は、お前が決めなさい。けれど、俺は母さんと一緒にずっと見守っている。優しい亡霊となって、お前の傍にずっといる。お前は、お前を大切にしてくれる人を大切にしながら生きていきなさい。
最後に、部屋の本は要る物だけを選んで処分すること。見栄を張って嫌いなコーヒーばかり飲まないこと。変な男だけには気をつけること。それから、こんな父親ですまなかった。永遠に、愛してる。
みょうじ 優 』
俺は遊馬という偉大な小説家に、敬意とともに祈りを捧げる。そして、いつまでも彼女を見守る美しい亡霊でいて欲しい、と願いを込めた。
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