神様の部屋 | ナノ



10、

追いかけた先は墓地だった。みょうじは手に花束を持っており、立ち止まった先に手向ける。『みょうじ家墓』と書かれたそこに、一体誰が眠ると言うのか。

砂利が音を立てたことで、みょうじは振り返った。そして俺を見つけて息を飲む。俺は彼女が逃げられないように近寄った。



「みょうじ」
「…」



目はうつろで、少しやせたような気さえする。みょうじは俺と目を合わせずに俯いていた。

なんと声をかければいいのか分からないが、とりあえず俺は彼女の横に並び、彼女の先祖に手を合わせた。すると、隣でみょうじは静かに泣き出したらしく、それでも俺の横を逃げたりしなかった。



「柳くん…、ごめん」
「…」
「ここに眠ってるのは…私のお父さん」
「…」
「続きは私の家で話そう」



彼女は俺にそう言った。俺は頷く。ここから駅は離れており、一番近い駅は学校のある駅だ。

俺は一つの仮説を立てた。きっと、一番最初に向いのホームで彼女を見た時は、彼女はここを訪ねに来た帰りだったのだろう。あるいは、夏の日焼けの原因もこうして毎日、自分の父親に会いに行っていたのだ。そう考えるのが一番しっくり来る。







久しぶりに入った彼女の家は、きれいに整頓されていた。本は相変わらず廊下に出されていたが、よく見るとジャンル別に別れていたり、重ね方がより丁寧になっていた。俺はそれを倒さぬように、彼女が進んでいくリビングへと向かう。懐かしい気分だった。

ダイニングテーブルに2人で腰掛け、向かい合った。いつぞや、精市と面接官ごっこをしたときのことを思い出す。みょうじは重苦しそうに口を開いた。



「私のお父さん、自殺したの」
「え?」
「半年前。あの部屋で、首を吊って」



みょうじの言うあの部屋が、神様の部屋だと言うことはすぐ分かった。そして、神様の部屋の主人公が取った最後の行動である首吊りという方法。それから、俺は不思議と、点が線で結ばれるような気がして、その答えを導きだせたような気がした。



「みょうじの父親は…」
「…遊馬優よ」



二重の意味でショックだった。まず、愛しい女の父親が自殺したという事実と、それから自分の一番好きな作家が既にこの世にいないという事実。
だから、彼女は遊馬優の、特に『神様の部屋』が怖かったのだろう。自分の父親が、主人公と同一化して見えるから。結局苦悩の末に、死を選んだという事実を世に出すことが。

だから、それを読んで評価していた俺を気持ち悪く思ったのかもしれない。



「それから私は亡霊になった。作品はともかく、大好きだった父がいなくなってしまった世界は、私にとって死んだ世界だった。早く父のいる生きた世界に行きたいと思って、『退学届』を出して死のうとしてたの…。気持ち悪いでしょ?」



俺は首を横に振る。それしか出来ない。



「でも、踏ん切りがつかない。だから、小説を書き始めた。父の真似っこよ」
「…」
「柳くんにも出会って、心から幸せだった。私は相変わらず亡霊だったけど、死んだ世界で生きるのもいいかなって思えた。それなりに小説も自信があったし」



彼女は近くに置いてあった紙切れを俺に見せた。『さくら新人文学賞、受賞』と大きく書かれている。俺でも良く知っているほど、有名な賞だった。

彼女は受賞していたんだ。俺は安堵し、嬉しくなった。が、彼女の瞳には涙が溜まっている。



「どうして」
「電話があった。私の担当になったとか、急に言って来た女の人から」



『それでは受賞の日取りはこれで。また伺いますね、みょうじ先生』
『…はい』
『ところで、先生はあの有名な小説の神様・遊馬優先生のお嬢さんだとか?』
『え?…どうして?』
『独自にこちらで調べさせていただきました。そのネームバリューもあるといっちゃあるのですが、急に遊馬先生は受賞式も蹴ってしまうし…心配していたんですよ?先生はお元気で?』



「虫酸が走った。彼らは父が死んだことすら知らない。どんな思いで死んでいったか、あの小説を読めば分かるはずなのに!…それに、私のことも勝手に調べて。私は父の代用品か父に近付くための橋でしかなかった。何が受賞よ!私は自分の小説をきちんと評価されたかった!こんなの、望んでない…!」



ポタポタと溢れる涙が、机を濡らしていく。俺は耐えきれず、彼女を抱きしめようと席を立った。が、彼女にそれは静止されしまった。



「きちんと評価されてないせいで、柳くんにも好きと言えなかった。帰って、なんて言ってごめんなさい」



彼女はそのとき、あろうことか笑ったのだ。そのとき、以前精市が言っていた言葉を思い出す。



『相手に自分を介入されたくないから、笑って”これ以上俺に踏み入るな”っていうサインを笑顔で出してるのかもしれないね』



みょうじのこの顔はまさにそうだった。

だが、俺はそれを厭わない。みょうじを落ち着けるようにぎゅっと強く抱きしめた。胸の中で大泣きする彼女の痛みが、俺は欲しい。いい加減、それを分かってほしいものだ。

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