神様の部屋 | ナノ
8、
先日の一件から、彼女と俺の距離は随分縮んだ。部屋によく行き、話すようになったし、彼女も以前よりも俺を嫌っているような目で笑うことはなくなった。俺が嫌われていた理由が遊馬にあるのなら、俺はそれを彼女の前で出すのは懸命ではないと判断したからだ。
オブラートに包んで、彼女に一度家族のことを聞いてみた。そうすると、一緒には住んでいない、と言ったきりだった。俺はそれ以上聞かない。
俺は彼女が嫌がることを極力避けた。そうすることが正解だと信じていたし、彼女が笑っているだけでいいと思えた。
これが好意という感情なのだと悟ったのは、毎回足繁く彼女の家に通っているのを精市にばれ、突っ込まれたことによる。もう少し違う形で、自分で気がつきたかった。
その日、俺は練習試合で疲れていた。それをまんまと彼女に見破られ、寝室のベッドで横になってもいいと言われた。あいにくリビングや廊下はこの散らかりようだから、と。
彼女は寝室の椅子に座り、くるくると回転させていた。俺はそんな彼女を見ているだけで、目が回りそうだったので、愛しさを感じつつ目を閉じてうとうとしていたように思う。と、急に彼女が思い出したように口を開いた。
「そう言えば、小説出したよ。大きい出版社の賞に」
「そうなのか」
「自信はまあまあかな」
彼女は回っていた椅子から降りて、俺の傍に近寄った。俺は手に届く範囲になったために、軽く彼女に触れる。この暖かな生き物が、亡霊である訳がない。
「ねえ、柳くん。もし…もしね」
「ああ」
「私が賞を取ったら、そのとき言いたいことがある」
「なんだ?」
「今は言えないけど。取ったら嬉しくて、つい言ってしまう気がする」
彼女も俺の髪を優しく撫でた。
俺は何となく自惚れに近い形で、彼女の想いを感じ取った。そして、読んではいないが、彼女の小説が良い物であったことを想像できる。きっと賞を取っていると確信した。
「みょうじなら、大丈夫だ」
「照れるよ」
「…」
「どうしたの、押し黙って」
俺はまどろむ意識で、彼女に触れていた手をさらに伸ばした。欲はどんどん溢れ出て、止められない。俺の悪い癖だ。
「すまない。ただ、今はお前に触れたいんだ」
「それって高校生の台詞?」
「おかしいか。こんな俺は」
「…ううん」
独り言のように否定を続ける彼女を、ベッドに引き上げるのは容易なことだった。そして、初めて抱きしめた。
シングルの狭いベッドが軋む。暖かい。すぐ眠りに落ちそうだが、もったいないな。俺は出来るだけ、彼女を優しく優しく抱きしめていた。ずっと時間が止まればいいのに、と非現実なことを考えながら。
「待って。これはまずいよ」
「なぜ?」
「なぜって…こういうことは…その…」
少しだけ解放して彼女の唇に親指で触れた。形の整ったこの唇から、俺への愛を囁くのはそう遠いことではないのかもしれないが、その前に俺がここに自分のソレを重ねてしまいそうだ。
だが、あと数センチのところで止めておく。
「ならば、賞の結果まで待つ。そして、お前がもし落選したら、俺が気持ちを伝えよう」
「それって、結局のところ結果は同じだよね?」
「お前は何を期待してるんだ?俺はまだ自分の気持ちを言う、と言っただけで、何を伝えるかは言ってないが?」
口角を上げて言えば、彼女は顔を真っ赤にしたまま俺に背中を向けるように寝返りをうった。
「騙された!」
「待て。俺はまだ何も」
「柳くんって、たまに本当に意地悪だよね」
俺は彼女の片腰に腕を回し、もう片方は彼女の頭の下に枕代わりに敷いてやった。そして、顔を覗き込めば、まだ赤くしてふくれている。その顔がたまらないほど可愛らしくて、今度は我慢できずに頬にキスをした。
「なっ!」
「機嫌を直せ、俺は少し眠る」
飛び起きた彼女を尻目に見てから、静かに目をつむった。
それからしばらくして、唇に感触を受けてから寝室を飛び出していく音が聞こえたため、俺は世界で一番幸せの眠りにつくことに成功した。これも計算のうちだということを、彼女は知らないだろう。
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