金曜日


5、



昨日はいろいろあってコスモスに水をやるのを忘れた。帰ってきたのは金曜日になってからだった。

当たり前だが、まだ芽は出ない。早く咲いてほしい。咲いたら、祖母に見せよう。あのリボンを巻いて。



突然チャイムが鳴った。もう出かけなくてはいけない時間だったことを、それで思い出す。
久しぶりに出した黒いスカートのしわを伸ばして立ちあがった。ドアスコープを覗くと、どこかで見た人が立っている。どこで見たかな。思い出せない。

彼はもう一度チャイムを押した。左手に白と青の紙袋が握られていて、ピンときた。もしかして。



「今、出ます」



記憶が繋がった私はチェーンを外し、ドアを開ける。驚いたような顔で目を丸くする彼。

それはそうだ。私の最寄り駅はI駅ではないのだから。













「この間の…」

思ってもみない人が出てきた。この展開を誰が予想しただろう。しかし、この間とは雰囲気が全く違う。
白い肌に白いブラウスが似合って綺麗だったものの、表情的には少し疲れているような気がした。



「えっと…」



うまく状況が読み込めない俺より先に、彼女は以前通りの無表情で言う。



「この間は、お菓子をありがとうございました」
「あ、はい。…あの、先週隣に越してきた鳳です」
「はい…」
「またこれと思われるかもしれないんですけど…お菓子…」



おずおずと彼女の前に差し出す。違うものにすればよかったと思った。ひっこめようかとも思った。

彼女は以前のように紙袋の中をのぞく。そして、ばっと顔をあげた。



「リボン」
「え?」
「この間と、色が違う」



そうなのかと思い、彼女と一緒に紙袋を覗いた。白と青の包装紙に黄色のリボン。ほら、と彼女。
あいにく、前のリボンの色を覚えていないけど、彼女が言うから間違いないだろう。なんだかそれは、面白かった。



「中身は同じですけど」
「中身はなんでもいいです」
「…リボン好きなんですか?」
「コスモス」
「コスモス?」
「咲いたらリボンで束ねて、祖母に見せるんです」



彼女がわりと強い口調で言う。俺は彼女の部屋のベランダで植えられているのがコスモスだと察した。



「俺も、コスモス好きです」



少し微笑んで言った。彼女は一切表情を変えず続けた。



「じゃあ、咲いたらこの黄色いリボンで束ねて、あなたにあげます」
「え」
「私、用事があるのでこれで…あ」



何かを思い出したらしく、彼女は閉じかけたドアを開く。



「嘘、ついてすいませんでした。では」



そう言って、ドアが閉まった。


嘘?
一瞬コスモスをあげることが嘘なのかと思ったがピンとこない。

自室に戻って、自分の分のお菓子の箱を見た。自分のは似合わないピンクのリボンだった。一瞬、彼女にはピンクの方がよかったんじゃないかとも思ったが、前のがピンクだったのかもしれない。
リボンをほどいた。綺麗に敷き詰められたクッキーの詰め合わせだった。

しばらくして、隣の彼女が出かけたようだ。白いブラウスに黒いスカートとストッキング。誰かの不幸を思わせる色を身にまとった彼女は、不謹慎かもしれないがやっぱり綺麗だった。

彼女の言う用事がそれだとしたら、ラジオもつけたまま外に出るかもしれない。駅とか。あ。



そのとき、彼女の言う嘘が最寄り駅のことだとそのときやっと気がついた。




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