4/Outbreak





「案外いい奴じゃん」



そう独り言をこぼして、この前のことを回想する。背もたれに体重をかけて椅子をガタガタ言わせながら、傍に居る女には無関心を決め込んでいた。



「ね、誰が?」
「…なんでもねーよ」
「最近リョーガ冷たーい!」



右半身にいきなりその女が抱きついてきたため、あやうく椅子を倒しそうになり、身体がふらついた。
俺は静かにその女に抱きつかれたままみょうじのことを考え続けようとした。が、暑苦しくなってソイツを荒く引き離す。今までこんなことしたことがなかったため女は驚いていたが、俺は追い打ちをかけるように言った。



「悪い。もう構ってやれねーわ」



俺は机の上に置いていた鞄とみょうじに借りっぱなしのビニール傘を手に持って、そのまま何か言い続ける女を無視して教室を出た。
たぶん、今この場面をアイツが見たら、またビンタされるかもしれねーな。





右手に持ったままの傘をみょうじに返すタイミングがわからなかった。『返さなくていい』という可愛げのない言葉を思い出して苦笑する。今日は照りつけるような日差しで、傘を持っているのは俺一人だった。

適当に校内をうろついて、まだどこかに居るであろうみょうじを探す。たぶんクラスの面倒事を引き受けて何かやってるに違いない。物好きな奴だから。

裏庭が見える廊下で、アイツの姿を運よく見つけた。が、そのわきには知らない男子生徒が何か謝っているように見える。なにしてるんだろうか。まあ、また面倒なことに巻き込まれてるに違いない。
俺は自分の持っていた傘を一瞬見てから、裏庭からアイツが去らないうちにこれを届けようと急いで階段を下りた。



「みょうじ!」



裏庭で花壇の手入れをしているみょうじに、俺は遠くから声をかける。一応振り返ってくれたが、無表情だった。さっきの男子はもういない。



「傘、さんきゅーな」
「…別に返してくれなくてもよかったのに」
「俺って案外律儀だからさ」
「あ、そう…」



みょうじに傘を渡して冗談を言ってみたけど、通じないみたいで反応は薄かった。それがつまんなくて、何かみょうじに反応してもらえそうな話題を探す。
そうだ、さっきみょうじと話してた男子は誰だったんだろう。俺はその好奇心に純粋に従うことにした。



「そういえば、さっき一緒にいた奴誰?」
「…え?ああ、別に…」



目を泳がせながら言うみょうじに、俺は思っている仮説を口にする。



「まさか…告白とか?」
「…越前くんには関係ないでしょ!」



強めの口調で言うみょうじは、どこまで俺の神経を逆なですれば気が済むんだと思うくらい、頑なに自分の世界に関わられるのが嫌いらしい。
そのまま俺を無視して花壇の手入れを続けようとした手を、腹立たしくなって掴まえた。手を握られた本人は驚いたような顔をしている。


俺はみょうじのこの顔が、ちょっと好きかもしれない。だって、すげーゾクゾクする。


少し土がついた手を引きよせて顔を近づけ、そのままみょうじの唇に噛みつくように重ねた。


仕返しのつもりだった。人の神経を逆なでした罰だって。



「んっ…!」



目を開けると、顔を真っ赤にしたみょうじがアップで見える。が、そのあとすぐ右頬に飛んでくる平手で唇は離れた。
俺としたことが、失敗だ。みょうじが普通の女と違うことは知っていたのに、両手を掴んでおくのを忘れていたんだから。



「…最っ低」



吐き捨てて俺の元から駆けだして逃げていくみょうじを、右頬を押さえながら見送る。
最低なんて言われて知ってたけど、どうやって接すればいいのか全く思い付かないんだって。どうすればみょうじの世界に、俺は関わることが許されるんだろう。少なくとも俺が今したことは、裏目だったらしい。



「だせぇ」



ただ、叩かれた頬よりも唇の方が熱い。



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