10/conclusion
約束の夕方4時。俺に遅れるなよと忠告したチビスケはまだ来ていないらしい。まあ、アイツらしいっちゃ、らしいか。
チビスケが来るまで俺は早々にアップを終えて、精神を統一させるためにいつかみょうじと並んで座ったベンチでうつむいて瞑想していた。
『決着つけようよ』
あの不敵に笑った、生意気な弟をボコボコにしてやる。力の差を見せつけてやる。
そしたら言ってやるんだ。『生田はお前には勿体ねえ』って。あのクソ生意気なチビを負かしたら、俺は今度こそアイツにもみょうじにも素直になれる気がする。
ふいにみょうじが赤い顔で笑う顔を思い出した。あの顔を一人占めしたい。リョーマにも、誰にも渡したくない。
きっとあいつは『勝手だ』って言って、俺に4度目のビンタを食らわすんだろう。それでいい。それでみょうじが俺に笑ってくれるなら、もう何だって…。
「なにしてるの?」
急に声をかけられて見上げれば、昨日口を聞かないと約束したはずのみょうじがいた。
「…なんで、お前がいんの?」
「…そういうことか」
みょうじは一人で納得して俺の隣に座る。あのときのように、少し距離を開けて。
「なにが『そういうことか』だよ」
「私、4時にここに来るようにリョーマくんに言われたんだよね」
「は?」
つまり、俺たちはまんまとあのチビにはめられたってことか。くそ、あのチビ、家帰ったらただじゃ済まねえ。
俺は沸々とあのチビに対する怒りが沸いてくるのを感じながら、急いで帰る支度をし始めた。
その間、みょうじが俺に視線を向けているということは分かっていたが、俺は気付かないフリを決め込む。昨日話しかけるなと言ったから、当然だろう。
出していたラケットやらボールやら、全部まとめてラケットバックに放り入れて担ぐ。そこでようやく、もの言いたげだったみょうじが俺に言葉をかけた。
「越前くん」
「…昨日言っただろ。俺に話しかけるなって」
俺はぶっきらぼうにみょうじを突き放し歩き始める。が、その歩みはみょうじが俺を掴んだことで制止された。
「やだ…」
「あ?」
「越前くんは何か勘違いしてるよ!私のことも、リョーマくんのことも…」
「…してねーよ!」
意味不明な言動で俺を惑わそうとするみょうじの腕を、振り払う。
「あのなあ!この際だから言うけど、あのチビもお前のこと好きなんだよ!『本気で好きになってもいいだろ』ってわざわざ俺に…!」
「それは…たぶん違う」
「何が違うんだよ!あいつ、絶対俺の気持ちもわかってて言ったんだ!俺がお前のこと好きになれないように!…もう手遅れなのに、そんなの」
「…越前くん…」
「俺は、お前が好きなのに!」
もう限界だった。とうとう俺は、自分の気持ちを言ってはいけないみょうじに吐き出してしまったんだ。
感情に任せて言う言葉は荒々しかったかもしれない。下手くそで、正直自分でも上手く伝えられた自信はない。
でも、どうしても言わなきゃ、みょうじを傷つけて壊す前に、俺が壊れそうだった。
反対のことばっかり言って、みょうじの前じゃ調子が狂う俺だったけど、今だけは本当の、嘘偽りない言葉だった。
みょうじはきょとんとした顔をして、じっと俺を見ている。俺にはこの沈黙が怖かった。
「…」
「…なんか言えよ」
「…え、ええ?」
何か言って欲しくて促したけど、みょうじはきっと俺の言ったことが信じられないんだろう。嘘じゃないのに。
「今の、本当?」
「…」
「じゃなきゃ、私…本気にするよ?」
「勝手にすれば?」
俺がそう言った途端、みょうじは顔を真っ赤にさせる。そして、自分の顔を手で押さえて、熱を必死で逃がしていた。
その意味がよく分からない。
「…どうしよう。嬉しい」
「は?」
「あの、ずっと勘違いしてるんじゃないかなって思ってて…私とリョーマくんのこと」
「勘違い…?」
「私、リョーマくんとメールする前から、ずっとここで越前くんのこと相談してたの。雑誌は本当にたまたま買って…その…越前くんのこと、リョーマくんが話してるんじゃないかと思って…。えっと、それで…」
みょうじが拙く話してくれた内容に、俺は愕然とした。
たまたま近所のストテニ場に弟のリョーマが来ていたのがきっかけで、俺との関係をずっと前から相談していたこと。
雑誌は俺のことが書いてるかも知れないという思いで買ってしまい、落として赤面したこと。
俺の前じゃ自分らしくいれなくて、愛情の裏返しのように『最低』と言ったり、そっけなく接してしまったこと。
今日は、きっとリョーマが気を使ってくれたんだということ。
そして、俺のことが、ずっと好きだったということ。
「なんだよ、それ…」
「…ごめん」
しゅんとした表情で謝るみょうじを見てたら、なんか急にどうでもよくなって、思わず口元があがるのを感じる。
結局、俺たちは最初から素直になれなくて、同じことで悩んでいただけだった。
「許さねえ」
「え…?」
俺は一歩、みょうじに近寄る。少し怯えた表情のみょうじを安心させるように微笑み、首をキスしやすいように傾ける。
「責任取れよ」
みょうじもその責任の意味が分かったのか、ゆっくりと目をつむった。
だが、このまま口付ける前に、俺はやっておかなければならないことを思い出す。あと数センチのところで、俺はみょうじの両手を握った。
「好きだ」
そうだ。今度こそ頬を腫らさないためにも、俺はみょうじの両手を掴むのを忘れたりしない。
Thank you my ZITTA!
See you soon!
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