パラレルワールドは、君を殺す。 | ナノ
1st time,
隣の駅から電車に乗り込むあの子を、なんとなく目で追い始めたのはいつからだっただろう。
あの子のおかげで退屈だった朝の通学が少し楽しく感じられるようになってから、月日は随分流れたような気がする。
いつもと同じ時間。いつもと同じ車両。いつもと同じく制服のスカートを整えながら座る彼女をぼんやりと見つめた。
ただ、そんないつもと同じ日常に少しだけ違和感を抱く。それは、目の前の彼女がいつもより暗い顔をしていたこと。うつむいて涙をこぼしているようにも見える姿は、凄まじく綺麗で、同時にひどく小さく見えた。
『何かあったの?』
そう簡単に聞ける仲じゃないことを一人で悔やんでみる。彼女と俺の関係は、ただ毎日同じ車両に乗り合わせる乗客同士でしかなく、あの子の名前すら俺は知らなかった。
つまり、あの子の世界に俺は関わってすらない。こんなに近い距離に居るのに、まるで向かいの席はパラレルワールドのように感じる。
何も出来ない自分を紛らわすために視線を反らした。俺はあの子のいつもと違う様子を気にしつつも、その訳を朝の電車という誰にとっても憂鬱になる空間のせいにすり替える。
揺れる車体。滑る線路。高速で移動する景色と、学校という義務の場に向かうことは、彼女にとっては憂鬱なことかもしれない。
そう自分を無理やり納得させて、ひたすら景色を眺めた。
流れるビルや繁華街の景色を見ながら、俺は乗り換えの駅まで、彼女のことを静かに考えた。そして、一つ自分自身に提案をする。
そうだ。今日は思い切って彼女に声をかけてみよう。
乗り換えの駅で電車を待つ間なら、話し相手として彼女の世界に関わるきっかけになるかもしれない。そんな期待を膨らませた。
車掌のアナウンスが、俺と彼女の乗り換えの駅に停車することを知らせた。俺達は立ちあがる。彼女の後ろに立って、気付かれないように声の調子を整えた。
堅く閉ざされていたドアが開く。通勤や通学の人達が一斉に降りる中、彼女は一目散にホームから駆け出した。
その彼女のいきなりの行動に驚きを隠せない。追いかけたかったけれど、乗り換えの大きな駅のために人が多くて彼女を見失わないようにすることさえ難しい。
彼女の様子は急いでいると言うより、まるで何かを一心に目指す姿のように映った。
俺はふと時計を見た。7時55分。あんなに急いでも、まだ電車が来る時間じゃないのに。
俺が彼女よりかなり遅れて乗り換えの駅のホームに着くと、彼女は黄色い点字ブロックの内側に先頭で立っていた。
しきりに時間を気にしているらしい。
『まもなく、2番線に電車が通過します』
駅員の独特の声によるアナウンスとともに、電車の轟音が聞こえてきた。話しかけるなら今しかない。
この電車が通り過ぎたら、肩を叩いて声をかけてみよう。
俺は彼女に近寄って、右手で肩に触れようとした。
しかし、その手はあっけなく、ただ宙を掻く。なぜなら彼女の姿は一瞬で目の前から消えたから。
彼女は飛び込んだのだ。駅に滑り込む通過列車に向かって。その行動はまるで何か決まり事のように規則正しいもので、何一つ迷いがなかった。
電車が彼女の身体を撥ねて、駅を真っ赤に染め上げる。
俺が覚えているのはそこまでで、視界は急に暗くなった。
08:00
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