蒼鳥カムパネルラ | ナノ

なまえとのおしゃべりの時間はあっという間に過ぎていく。

家政婦さんが持ってきてくれた紅茶が空になるほど、僕らは話しを続けた。それはまるで、古い友達に会ったときのようで、到底僕となまえが初めて会ったとは思えないほどだった。なまえもどうやら、そう感じているらしく、僕が思っていることと同じことを口にしていた。



僕らは互いの趣味が少し似ていて、好きな音楽とか、好きな映画の話に花が咲き始め、それから、僕の写真のことや、なまえの好きな本の話など、話題は次から次へと沸いて出るほどだった。

なまえはよく笑う女の子だった。
そんななまえを笑わせたくて冗談を言ったりしていたけど、なまえが笑うとつられて笑ってしまう僕の存在に途中から気が付いていた。



「そろそろ読もうか。青い鳥」
「そうだね。周助の話、面白くてつい先延ばしになっちゃった。本を読みに来てくれたのにね」
「いいよ。僕も楽しかったから」
「ありがと」



鞄から青い本を取り出して、ページを開く。青い鳥は、メーテルリンクが書いた童話の一つだ。

咳払いをして、声を整える。なまえが少しそんな僕を茶化すように笑う。ベッドから身を乗り出して、僕が開く本を覗き込むように見ていた。



「じゃあ、読むよ」
「うん」



なまえに合図して、僕はなるべくなまえが見やすい位置に本を移動し、一語一句間違えないように注意深く読み始めた。


2人の兄妹のチルチルとミチルは、幸福の象徴である青い鳥を探しに、夢の国へと旅に出る。しかし、どこを探しても青い鳥は見つからない。
疲れて家に帰ると、2人はそこで青い鳥を発見した。自分たちの飼っていた鳥が青かったことをやっと思い出して。

幸福はすぐ傍にあったことに2人は気が付いた。



読み聞かせている間、なまえは一言も話さなかった。途中から、僕の肩に頭を預けて、じっと聞き入っている。
ずっと、部屋には僕の声しかない。ゆらゆらと揺れるレースのカーテンが綺麗だった。




僕が読み終えた本を閉じると、それまで読むことに必死で気が付かなかったが、どうやらなまえは僕の肩で眠っているらしかった。起こさないようにそっと、彼女をベッドに抱えて、布団をかけておく。
きっと、夢の中で、なまえは青い鳥を探していることだろう。


時間も時間だったため、このまま起こさずに帰ろうと支度を整える。
しかし、それは思ったようにいかず、椅子を引いた途端、古い椅子のせいで摩擦の大きな音を立ててしまった。



「あ…っと、ごめん。起こしたね」
「ん…、こっちこそごめんなさい…寝ちゃった…。楽しみにしてたのに…本当にごめん」
「いいよ。また読めるし」



とっさにそう言ってしまったけど、本当は次の約束なんてしていない。眠そうに目をこするなまえに視線を合わせると、なまえは照れたように笑っていた。



「また…来てくれるの?」
「なまえが嫌じゃなかったらね」
「嫌なわけないよ。…ねえ、周助」



恥ずかしそうにしながらなまえは横になったまま、僕を手招きした。近寄ると、なまえは小指を突き出す。



「また来てね」
「約束するよ」



絡めた小指が、挨拶代わりだった。







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