蒼鳥カムパネルラ | ナノ

ことの始まりは英二とテスト勉強をしに来た図書館でのことだった。



自分の勉強に一段落付いた僕は、英二につきっきりで英語を教えるのにも飽きて、好きな写真家の本やサボテンの本を自由に読み漁ることにした。しだいに勉強もそっちのけで、特に興味のない学術書から童話まで次々と立ち読みすることが楽しくなってしまっていた。


その中で一際目を引いた本。
昔読んだことのあるその本を見つけたとき、僕は運命的な何かを感じてしまった。


何かに導かれるように、一段高めの所にあるその青い本に手を伸ばす。

背表紙に手がかかる前に、一人の女性が僕に声をかけた。どうやら図書館の司書の人らしく、首から名札を下げている。彼女は踏み台を持っていた。



「これをどうぞ」
「ああ、すいません。ありがとうございます」
「いいえ、どういたしまして」



その踏み台を使って、本を捕まえた。

タイトルは『青い鳥』。昔、僕が好きだった童話だ。



「…青春学園の生徒さん?」
「はい」
「本は好きですか?」
「とても。特にこれは…なんだか懐かしくて」



司書の女性は本を手にした僕を嬉しそうに見ていた。つられるように僕も笑う。

彼女は目じりにシワを作って、僕に言葉を続けた。



「その本を見ると、思い出す子がいるわ。同じ内容のはずなのに、毎回その本を借りていく女の子」
「へえ。じゃあ、今日ここにあったのは、ラッキーなんですね」



僕がそう言った途端、彼女の顔が曇った。



「…去年の春くらいまでは…よく来てたんだけどね。目が悪い子で。来なくなったっていうことは、もう本は読めなくなったかもしれないわ」
「…そうなんですか…」



その女の子が好きだった本。感慨深く思いながらページを軽くめくってみる。

少し日に当たったのか黄ばんでいて、少し汚れている所もある。さらに、ところどころに可愛らしい悪戯書きがあって、僕は自分が書いたものでもないのに、なんだか懐かしくなった。

この中に、女性の言うその子の落書きもあるんだろうか。



「ちょうどあなたくらいの歳の子よ。よっぽどその本が好きだったんでしょうね…」



ぱらぱらと飛ばしながら、いよいよ最後のページに差し掛かる。
出版された年や作者が書かれたページの端に、小さく書かれた文字を僕は見逃せなかった。




『もう 読めない』




その子である確証はないのに、少し濡れて丸く縮んだ跡のあるページを見て、その子だと直感でわかった。



「あの、すいません。その子の家、教えてもらってもいいですか?」
「え?」
「この本、読んであげたいなって思って」



女性は笑った。つられて僕も笑った。


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