蒼鳥カムパネルラ | ナノ
あれから1年経ったが、僕となまえはそれきり会わなかった。
きっと今頃、なまえもアメリカでの新しい生活に慣れてきた頃だろう。もしかすると、目ももう治療の段階に入って随分良くなったかもしれない。
なまえの住んでいたあの屋敷は先日取り壊しになり、今は普通の民家が4件も立とうとしている。あの塗装の剥げた大きな門も、蔦が巻く家の壁も、なまえの部屋ももうないんだと思うと、感慨深くならざるを得ない。
なまえを連想させる物がどんどんなくなっていく中で、僕は葛藤を抱きつつも、だんだん順応していくしかなかった。いつまでも縛られていれば、今度は僕がなまえという足枷に籠の中で喘がなくてはならない。
それでは、『お幸せに』と記したなまえに対して申し訳ないから、嫌々でも前を向かねばならないんだと思う。取り巻く新しい環境は、僕にそのチャンスを存分に与えてくれた。
午後は8時を回ったところだった。僕はバスに乗って、とある場所を目指している。
まったくの思い付きだったけど、ちょう期末テストの前に時間が開いたため青春台の高台にのぼって、うお座を見ることにした。特に理由はないけど、急にあの星を線でなぞって、紐で結ばれている2匹の魚を見てみたくなった。まるで去年の僕らを見ているようで、その2匹の親子の魚に安堵を覚えるから。
なまえが押したいとせがんだランプを点灯させて、青春台前でバスを降りた。一足先に頭上を見上げてみると、あのときと同じくらい綺麗な空が広がっている。
まるで、手を伸ばせばどれか1つは取れそうだと馬鹿なことを考えた。僕のこの腕いっぱいに星が捕まえられれば、一つくらいは願いが叶ったりして。
『うお座はロマンチストだね』
僕の耳元で、誰かがそう言って笑った気がする。
階段をゆっくりと登っていく。なまえと星を見たのは、どのあたりだっただろうか。真っ暗でよくわからない。
あの時、なまえに言ったように僕は目を瞑った。どうせ真っ暗で何も見えないんだから、少し忘れかけているなまえについて思い出しながら進みたい。
いろいろなことがあった。
青い鳥を読んであげたくて、なまえの家に行って。初めて会った相手だったのに、すぐに気を許せる関係になった。ただ、朗読の途中で寝ちゃうなんて思わなかったけど。
それから、姉さんに雑誌を借りて占いをした。その日に、キスしたっけ。後にも先にも、あのキス1回きりだったな。
気まずくなるのが嫌だと思っていたら、なまえから電話があって、僕たちは付き合うことになった。星も、その時に約束したんだ。
それから、それから…。
星に祈る。あの時は、幼くて、目先のことしか考えられていなかったけれど。僕の幸せを最後まで祈ってくれた彼女が、幸せであるように。もし、今、彼女に好きな人が居るとしたら、その人と一生離れたりすることのないように。
本当に、僕はそれでいい。この断ち切れない想いに報いなんて、もう。
ゆっくりと、目を開けた。
「……」
そこにはあり得ないと思っていた人物。胸元に、青い鳥のモチーフを光らせた彼女。
「…周助…?」
「…なまえ…?」
「あ、…えっと…昨日、帰国して…じゃなくて、えっと…」
しどろもどろになる彼女をこの腕の中に収めた。たくさん聞きたい事があったけど、これが夢や幻で、なまえが消えないように。
「…周助…?」
「…なまえ、なまえ…なまえ…っ…」
なまえは僕を優しく抱きしめ返す。そして、言った。
「…周助の目、綺麗な蒼い色だったんだね?…幸せの色だね」
end.
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