蒼鳥カムパネルラ | ナノ

外は7時を過ぎ、辺りは暗い。
僕らは食事を済ませて、青春台行きのバスに乗り込んでいた。帰りは反対方向へ行くバスに乗れば、青春台のバス停から乗り換えることもなく、なまえの家の近くまで行ける。僕はそう計画していた。

なまえはしきりにソワソワしていて落ち着かないらしい。どうしたのか、と聞けば、バスの降車ランプを自分が押したいと照れながら言った。そんなことで喜ぶなら、毎回バスでもいいなと思って口元がにやけた。



「次は、青春台〜、青春台です」



運転手さんがそう言ってすぐ、なまえは準備していた人差し指でランプを点灯させた。嬉しそうで、可愛かった。



「楽しいかい?」
「すっごく!初めて押した!」
「よかったね?」
「…たまに周助は私を子ども扱いするね?」
「それは、なまえが可愛いってことだよ」



なまえはむくれていたが、すぐにバスが停車して表情が変わった。本当に彼女の表情は忙しい。


バスを降りて、寒いと体を震わせたなまえに、そっと鞄から大きめのストールを取り出して肩にかけてあげた。気が効くね、と笑うから、そうでしょ、と調子に乗っておく。

青春台の高台広場まで、なまえの両手を掴んで段差を登っていく。此処が難関だと思ってはいたけれど、予想以上になまえの足取りは意外とスムーズで安心した。


段差を登り切る少し前に、僕はなまえに『目を瞑って』とお願いした。なまえは大人しく頷いて、目を閉じる。ゆっくりと僕は後ろ向きになまえの手を引いて、一緒に階段を登り切った。

なまえが興奮しながら、まだかまだか、と尋ねるのが可愛くて、つい口元が綻ぶ。なまえの目には見えるだろうか、この星空が。



「なまえ」
「うん」
「目を開けていいよ」



ゆっくりと瞼を開けながら、なまえは空を見上げた。僕も一緒に見上げる。空は澄んでいて、またネオンがない分こぼれおちそうなくらいの星空だった。
本当に神様が僕らに与えたご褒美だと思う。こんなに綺麗な満天の空は久しぶりに見た。



「あれがうお座かな?ねえ、なまえ」



僕は南の空に向かって指をさす。返事がない。不思議に思ってなまえを見てみると、隣で上を向いたまま、彼女は嗚咽もない涙を流していた。



「…なまえ」
「周助…空って、こんなに綺麗だったんだね…」



鼻を真っ赤にして泣くなまえの手を僕は強く握る。この時間が永遠であればいいと思った。

ずっとずっと、なまえの視力が悪化することなく、このままで。ずっと手を繋いでいて。2人でいれば、それでいい。あとは何もいらない。なまえだけ。なまえが傍にいれば、それで。

なまえにもそう思えるような僕であるかは分からなかったけれど、そうであればいいなと、この星空に祈った。



「見えるよ、周助…いっぱい…綺麗…」
「…これからも、見に来ようね」
「うん、」



僕はポケットに入れていた青のリボンのついた袋を取り出す。本当はこのままなまえにあげようと思っていたけれど、そっとリボンを解いて中身を取り出した。

青い鳥のネックレス。



「なまえ、こっちむいて」
「なに?」
「いいから」



僕はなまえの後ろに回って付けてあげた。やっぱり、なまえに似合っている。僕の思った通りだ。



「これ…」
「青い鳥。なまえに似合うと思」



僕が言葉を言いきる前に、なまえは僕を抱きしめた。途端、泣きじゃくってしまう彼女の背中を優しく擦る。最近なまえは泣き虫だ。まあ、それでもらい泣きしそうな僕も僕だけれど。

僕より背も低くて、小さい彼女を優しくぎゅっと抱きしめる。幸せの匂いがする。

いつまでもいつまでも、なまえが幸せでありますように。願掛けにも似た想いを、星空に込めた。


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