蒼鳥カムパネルラ | ナノ

『いつものようにチャイムを押さなくていい』、となまえから言われていたため、僕はあの錆びた門の前でなまえを待っていた。すっかり冬に近くなって肌寒い。夕暮れも随分早くなってしまったと思う。

もうじき時間だ。腕時計で時間を確認してから、ふとなまえの部屋の窓を見上げる。ちょうど、なまえがこちらを見ていたらしくこちらへ大きなレンズの眼鏡をかけて目を凝らしていた。僕が手を振ると、なまえが消える。見えたかどうかは分からないが、きっとすぐに外に出てくるだろう。


僕が待っていると、2、3分ほどしてなまえが大きなドアから姿を現した。



「なまえ!」



僕が手を振ると、なまえは微笑む。今日はどうやらお飾りと言いきっていた眼鏡をかけて行くらしい。門までの道をなまえはゆっくりと僕の方へ歩み寄る。なまえが歩くところをあまり見たことがない僕は、少し危なっかしくて心配だった。

なまえは門まで来ると塗装の剥げた門を解錠して、外に出た。ふわりと香るなまえの匂いが、少しだけしか会わなかった期間はなかったはずなのに僕に懐かしく思わせる。なまえが近くに居る。それだけで、とてもドキドキしていた。



「久しぶり、周助!元気?テストはどうだった?」
「ああ、元気だよ。なまえが会ってくれないから、逆にテストはガタガタかもね」
「えー!」
「あはは、嘘だよ。たぶん大丈夫」
「…もうっ」



門を施錠するのを手伝って、僕はようやく触れたかったなまえの手を取った。ひんやりとしている手。なまえの手だ。

なまえは照れたように僕に笑った。嬉しかった。なまえが僕の傍で笑っているということが、僕にはこんなにも幸せなんだと実感できる。


軽く手を引いて、僕らは歩き始めた。まずは食事をしようと提案すると、なまえは頷いて手に込める力を強めた。

なまえにとって、いつぶりの外なのだろう。病院にもかかりつけの医師が家に来ると話していたためにほとんど外へ出る機会はないだろう。もしかすれば、図書館に通っていたという去年から、一歩も外に出ていないのかもしれない。



「何か食べたいものある?」



僕が尋ねると、うーん、と唸る。特に案がなければ、クラスの女子が話していたカフェレストランで食事をしよう。駅の方にある新しいカフェレストランはかなり雰囲気が良いらしく、英二に相談した時にもそこが良いとお勧めされた。そこからなら青春台に行くバス停も近い。

しかし、なまえの口から出たのは思いもしない言葉だった。



「ハンバーガー」
「え?」
「だから、ハンバーガーが食べたい」



一瞬耳を疑ったが、なまえはしっかりとした口調で僕にそう言った。ハンバーガーなんて、いつでも食べれられるじゃないか。そう思ったけれど、これから僕らはこうして外に出る機会もあるだろう。それこそ、僕が考えていたレストランなんて、潰れない限りはいつでも行ける。ファーストフードなら、バス停からも近い。



「いいよ、そうしようか」
「やった!チーズバーガーがいい」
「はいはい」



今回はなまえの言うことを聞くことにしよう。そのうち僕のわがままにも付き合ってもらうけれど、それはまた次でいい。


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